オリックス シニア・チェアマンの宮内義彦さんは、ビジネスリーダーが判断を下すには「マクロ観」が必要だと言います。世界経済をどう読めばいいのか、材料・情報はどう集めればよいのか、そして、どう判断すればよいのか。 (2020年9月7日レター)

【井上】今、アメリカと中国が双方の領事館の閉鎖を命じるなど、米中関係が大きな問題になっています。このような不穏な状況のなかで、企業経営や中国ビジネスにどう対応していけばよいでしょうか。

【宮内】米中問題にどう対応するか、経営者は真剣に考えなくてはいけない時期に来ています。米中のどちらを取るかとなれば、日本はアメリカを取ることしかない。しかしそんな選択をしないといけない事態はきてほしくないものです。日本企業は過去20~30年、中国にオーバーコミットしてきたところがあります。経済界全体としても、今後の対中ビジネスは慎重にならざるを得ないでしょう。

私は、このままでは米中関係がかつての米ソ関係のような冷戦に近い状況になるのではないかと心配しています。アメリカでは7月にポンペオ国務長官が、中国の南シナ海における領有権の主張を否定し、習近平国家主席を名指しで攻撃しました。通商における貿易赤字の是正を求めていた段階から、今や「中国共産党そのものが悪である」という立場になっています。私が最悪の事態として想定していたレベルの対立まで、あっという間に進んでしまいました。

今年は11月にアメリカの大統領選が予定されていますが、中国との関係については、トランプ(共和党)とバイデン(民主党)、どちらが勝っても大きな違いはないでしょう。今のワシントンは全員が反中といっていい。むしろ民主党のほうが分配への意識が高いので、貿易赤字に対する反中意識は強いようです。大統領選後も対中融和路線に戻ることは期待できないでしょう。

冷戦時代の米ソ間には経済的なつながりはほとんどありませんでしたが、現在の米中は経済的に奥深くそして複雑に絡み合っています。たとえて言えば、しっかり抱き合っていた相手が、「実はライバルだった」と気がついたような状態です。

【井上】2030年には中国のGDPがアメリカを追い越すと言われています。この先、中国の経済力がアメリカをしのぐ可能性もあるのではないでしょうか。

【宮内】中国がここまで経済成長を続けてきたのは、西側諸国が創り上げたシステムにフリーライドしてきたからという面があります。しかし、力をつけた中国があからさまにそれを誇示し、よその国にまで支配の手を伸ばし始めたことで、今やどの国も警戒心を強めている。アメリカもヨーロッパも「これ以上のフリーライドや、知識や技術の盗用は許さない」という姿勢に転じています。それでなくとも中国には、人口の高齢化や貧富の格差拡大など、多くの課題を抱えています。ここから中国の真の実力が見えてくるでしょう。

【井上】この6月に施行された「香港国家安全維持法」は、香港人だけでなく、外国にいる私たちが中国政府を批判しても逮捕されかねないほどの内容でした。

【宮内】中国にとって「香港国家安全維持法」は大きなマイナスだと私は思っています。これで台湾は完全に横を向いてしまった。南シナ海に軍事基地を建設するというのも、周辺国との関係を考えれば大きなマイナスです。中国がこうした政策をなぜとるのか私にはわかりません。中国が世界の規範をつくるという状態からは、どんどん遠のいていっているように感じます。

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