オリックス シニア・チェアマンの宮内さんが3分間レッスンの読者のみなさまの質問にお答えします。(2021年8月16日レター)
【読者】商社で食品や資源関連事業の仕事を15年ほど担当してきました。商売について一通りのスキルを身につけられたと感じています。
僕には海外でのある光景が目に焼き付いています。食品原料を栽培する畑で、また資源を採掘する鉱山現場で、働いている極貧の子どもたちの姿。そして、廉価な人件費によって原料を仕入れ、儲けを増やそうとする僕たちの業界。
このような構造を持続できるとは思えず、これまで悩んできました。上司や仲間に自分の気持ちを伝えて相談しても、生き残るためには仕方がないじゃないか、目をつぶってやるしかないんじゃないか、という答えが多く戻ってきました。僕には同年代の子どももいます。自分の良心に問うてみて、僕には、目をつぶってこの仕事を続けることができなくなっています。今の仕事からやりがいを得られなくなってしまいました。
この状態をどう変えればよいか、自分なりに考えました。答えの候補はいくつかあります。
1つ目は、現地の子どもたちが教育を受けられるようなお金が還元される仕組みに変えられないだろうかと、上司を説得する。2つ目は、私人として募金活動をし、この子たちに還元できないか、やってみる。3つ目は、これまで身につけたスキルを活かして、子どもたちの母親が収入を得られるようなビジネスを創出できないだろうか、挑戦する。いろいろな考えが頭の中をめぐっていまして、どのように判断するべきか、迷います。
宮内さんのお考えを教えていただけないでしょうか。もし僕の考えが青臭くて近視眼的になっているとしたら、率直に叱ってください。
その“志”を持ち続けてください
【宮内】ご質問者が自身の良心に照らして、極貧の子どもたちのために何とかしたいという気持ちを持たれていることは、たいへん尊いことだと思います。社会人として生きていく上で、このような“志”を持ち続けることはとても大事なことです。私も共感しながら投稿を読みました。
こんな話を思い出しました。青年時代、病に苦しむ人を見て何とか助けたいと、医師への道を選んだ人。もう一人は、目の前の人だけでなくもっと多くの人を救いたいと、薬学研究の道へ行った人。どちらも尊いことだと思います。人間社会を真に豊かにするには、こうした“温かい心”こそが求められているのです。そして、そうした“心”と同時に、高い技術や後ろ盾となる組織があって初めて、意味のある貢献ができるのです。
最初にお伝えしたいことは、ご質問者が危惧している問題を解決するため、ご承知の通り、エシカルの観点から国際的な枠組みが確立されつつあります。たとえば、イギリスの「現代奴隷法」では、イギリスで商品やサービスを提供する企業のうち、年間の売上高が一定の規模を超えるすべての組織に対して、毎会計年度ごとに奴隷労働と人身取引についてのステートメントの作成が義務付けられています。これには取締役会の役員による署名が必要になります。ステートメントを公開しなければ、裁判所から強制執行命令を出され、社会からも非難を受けることになります。
また、昨今では、新疆ウイグル自治区で栽培されるウイグル綿について、強制労働の可能性があるとのことで、欧米各国で不買運動が起きていることもご存じの通りです。
このような世界の大きな潮流がありますので、心が痛むような労働の現場は、遅かれ早かれ減少していくはずです。ご自身で何か役に立つことをしたいとお考えなら、たとえばまずはボランティアで勉強を教えるなど、今できる小さなことから始められてはいかがでしょうか。
たとえ会社を辞めて活動したとしても、いきなり大きな成果を期待することは難しいのが現実ですし、ご自身の人生もリスクを背負うことになってしまいます。それよりも、ご質問者が社会人人生を続け、ポジションが上がり、やがて今より大きな力を持ったとき、周囲を巻き込んだ活動で、世の中にプラスとなることを実現するというのが、私がおすすめしたいことです。一人の力でできることはとても限られています。“志”を持ち続けていれば、大勢の力を結集して問題解決に資する機会があるかもしれません。
個人的な話で恐縮ですが、私も子どもの頃からいつか社会の手助けが必要な人々のために何か役に立つことをしたいと願っていました。長い間日々の仕事に追われてしまい、なかなか叶えることができていませんでしたが、2006年に社会貢献基金を設立し、今は、財団活動を通じて、子ども食堂を応援したり、孤児院の子どもたちにプロ野球を間近に見て楽しんでもらったり、密やかな活動を毎年続けています。
たとえ小さなことでも良いと思います。皆が今できることを積み上げていけば、社会が変わってゆくのではないでしょうか。