オリックス シニア・チェアマンの宮内さんが3分間レッスンの読者のみなさまの質問にお答えします。(2021年7月5日レター)

【読者】窯業の製造・販売会社で、営業課長を勤めています。昔ながらのデラックス感がある商品ラインナップから、機能的でシンプルなデザインに変えたところ、若い世代やレストランなどからの引きが強くなりました。そこで、販売実績を伸ばしていこうと今全社的に取り組んでいるところです。

「うちも時流に乗り遅れないようにDXを導入したらどうか」という社長のひと声があり、私は昨年からDX推進プロジェクトに加わることになりました。

本来、DXを導入する目的は、顧客情報を蓄積して、顧客にあった商品をスピード感をもって提案し販売機会を増やすことにあると思っています。具体的には、顧客情報の蓄積・管理、問い合わせ内容の蓄積・管理、webサイトを訪問した顧客の行動を追跡し興味あるテーマを推測して適切なメッセージを配信する機能、押印しなくても申請・承認・契約まで進められるデジタル契約機能などです。

このシステムが実現できれば、顧客管理が効率よくできますし、受注から発送まで一気通貫で遂行できます。システム構築に一時的にコストはかかりますが、わが社の長期的な成長のためには欠かせない投資であると、当初DX推進プロジェクトは考えていました。

ところが、プロジェクト進行中に納期とコストが膨らんでしまい、もともと導入に後ろ向きだった経理・技術・製造担当の役員たちが、これ以上の投資はやめるべきだと社長に進言し、役員会が紛糾したとのことで、社長からは、これ以上コストが膨らむようならプロジェクトを解散しなければならないと言われました。

私たちは、DXに移行するために一時的にコストがかかったとしても、これは不可欠な投資だと考えており、社長をそのように説得したのですが、なかなか理解してもらえず、当初の予定よりも投資額が増えたことからプロジェクトを休止するように言われてしまいました。この状況をどう乗り越えたらよいでしょうか。宮内さんにアドバイスいただければ幸いです。

最も重要な要件に絞り、まずは1つ導入実績を作ることをおすすめします

【宮内】デジタル技術を導入するプロジェクトで、納期とコストが当初予算よりも膨らんでしまうということはめずらしいことではありません。むしろ、どこの企業でも起きがちなことです。

ご質問者の会社では、DX導入によって、製造、販売、マーケティング、経理までを含む包括的なシステムを一度に構築されようとしているようにお見受けします。最初から各部署の希望を入れて統合システムをつくれればそれに越したことはないのですが、それでは要件も膨大となり、コストも納期も跳ね上がる可能性が高くなってしまいます。ですから、今計画されているシステムの中で、喫緊に必要なものとすぐには必要ないものとをより分けて、今一度要件整理をされてはいかがでしょうか。

わが社にとって今何が何でもシステム化しないと困るという喫緊かつ重要な要件に絞り込んで、「これだけはやらせてください」と社長に提案する。そして、システムが1つ出来上がり、誰の目にも明らかな成果を確認できたところで、さらなる要件を加えていくという考え方です。

その際に、DXの全体像を一度描いてから、その中で一番重要なところを最初につくり、次に重要なところを加えていく、というプロセスが大事です。そうしないと、システムがつぎはぎになってしまい、後々システム全体が理想とは違った方向へ進みかねませんし、コストが再度膨らむ危険性がでてきてしまいます。

また、ご質問者の会社の業務フローに合わせてテーラーメードのシステムを作るのではなくて、既成のシステムにあわせて業務フローを調整し、業務改革をしなければ費用は天井知らずになります。

あなたの部署の求める顧客情報がどれだけ販売拡張をもたらすのか、まずその一部でも実績を示さねばなりません。1つ成功例ができて成果を実感すれば、社長はじめ経営陣も、新たに必要なDXを導入しようと目先が変わることと思います。私からのおすすめは、全体像を描いてから、最も重要なものに絞ってまずは1つシステムを構築して実績をつくる、ということです。

どんなに素晴らしい考えも、企業としては費用対効果が上がらないものは避けざるを得ません。そうならないためには、「わが社独自の完全なシステム」ではなく、「汎用性のあるものを最大限利用し、業務改革に資する」ことが求められます。

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