本連載では、“伝説のトップコンサルタント”堀紘一氏に、メルマガ編集チームがまとめたリーダーたちの悩みをぶつけ、ズバッと斬っていただきます。(2023年7月3日レター)
――米医薬品・医療機器のジョンソン・エンド・ジョンソンが60年連続で増配を続け、時価総額がメタ(旧フェイスブック)を超えて世界8位になったことが話題になりました。同社には経営上の判断、社員の日常行動指針として同社の「わが信条Our Credo」というパーパスがあり、脱株主至上主義宣言にも影響を与えたと聞きます。日本でもこうしたクレドを作成しようという企業が増えつつあるとのこと。このような経営方針について、堀さんのお考えを教えてください。
【堀】2000年、私がドリームインキュベータを立ち上げる際に、ジョンソン・エンド・ジョンソンの「Our credo」についても調べ、ドリームインキュベータの社是(クレド)をつくりました。その考え方は、まず第一に、社会に貢献して役に立つ会社でなければ事業が長続きしないことから、ドリームインキュベータの社是第1条を「人々の役に立つ――事業に存在理由がある」と決めました。
第2条は、「利益を創出する――事業が付加価値を生む」。第3条は、「成長する――事業が社会的影響力を持つ」。第4条は「分かち合う――事業が社会に調和する」と決め、この4つをすべての事業活動の指針に据えることを定めました。
これらの指針を具体的に言い換えるとすれば、私は、なかでも取引先を大事にしたいと考えています。取引先が、「この会社のサービスは優れている」「この会社の部品は使う価値があるよ」と言ってくれたら、それが事業の強みであるといえます。こんな風に言ってくださるお客さんは、良い評判を広めてくれるだけではなくて、よほどのことがない限り固定的に発注してくれます。このように確固とした既存客があり、そこに新規受注を載せていくことで、会社は飛躍的に発展することができます。
そして、取引先との間で大切にしたいのが、クレームです。クレームは、一見対応するのが厄介だと感じるかもしれませんが、それは間違っています。取引先から寄せられるクレームを解決できれば、商品やサービスの質を高め、顧客の層を拡大することにつながります。一人の客が不満を持つということは、その後ろに少なくとも10人、いやもっと多くの客が同じ不満をもっているということです。わが社の商品やサービスの欠点について教えてくれるわけですから、それを直せばお客を10倍、20倍と増やせます。ですから、「クレームこそが宝の山」なのです。
私は、JALのコンサルティングを担当しているときに、クレームの大切さを学びました。年配の男性が一人でクレーム対応をしていたのですが、そこに目を向ける社内の人はいませんでした。私はクレーム担当の話を聞き、ここにこそJALが成長するヒントが山のようにあるのではないかと気づいたんです。わざわざCAさんに文句を言い、予約システムの不満を伝えるという行動に出てくれるのですから、ありがたいことです。私はクレームをヒントに、次々と経営の改善策を考えることができました。
取引先の次に重要なのは、従業員です。従業員がハッピーで会社に来たいと思っていれば、その結果として良いアイデアや良い企画が出てくるに違いありません。逆に、もし「明日は月曜日かあ……。会社に行くのがいやだな」と従業員が思っているとしたら、会社の成長は望めないでしょう。従業員がハッピーか否かは、非常に重要なファクターです。さらにその次に大事なファクターとしてマネジメントをあげたいです。どんな制度をつくり、どんな戦略で組織を動かしていくか。経営にはマネジメントもたいへん重要です。
経営者がこのような社是を示すと、決まって“もの言う株主”が出てくるものです。「資本主義なのだから、株主が一番大事なのは当然でしょう」と彼らは言います。しかし、社会に貢献し、取引先、従業員、マネジメントを軸に事業を充実させれば、その結果として売り上げが伸び、利益も増えます。従って、株価が上がり、配当も増える。ですから、結果として株主もハッピーになります。株主が第5番目となる理由です。
以前に株主総会で、「私どもは、このような考え方で経営をしております。百歩譲ってこの考え方があわなければ、株式を売り、あなたが気に入る会社の株主になっていただいて結構です。上場企業はうちだけではありませんから」と敢えて発言したことがあります。クレドや株主を大事にするのであれば、本音を伝えてあげなければならないと思ったからです。
よく知られているジョンソン・エンド・ジョンソンの「Our Credo」は、第1にすべての顧客・患者に対して、第2にすべての社員に対して、第3に地域社会に対して、第4に株主に対して、社員が担うべき責任を定めています。企業の業態や思想によっても、クレドはそれぞれ変わるものと思います。