本連載では、“伝説のトップコンサルタント”堀紘一氏に、メルマガ編集チームがまとめたリーダーたちの悩みをぶつけ、ズバッと斬っていただきます。(2023年10月9日レター)
――アステラス製薬が昨年に続き今年も早期退職を募集すると発表しました。営業活動のデジタル化で、営業人員の3割を調整する計画とのことです。デジタル化やAIの導入によって、今後営業人員を減らす動きは他業界にも広がっていくのでしょうか。営業パーソンが生き残るにはどうすればよいと思われますか。堀さんのアドバイスをいただければ嬉しいです。
【堀】アメリカでは、医師に新薬の情報を提供する営業担当のことをDetail Manといいます。Detail(詳細)を伝える人。つまり、忙しい医師が新薬についてゆっくり勉強する時間はないので、わずかな時間をもらって薬効を伝え、「従来の薬とはここが画期的に違います。ぜひ使っていただけませんか」と説明する営業担当のことをいいます。ご存じのように日本ではMedical Research、略してMRと呼ばれています。
著名な大学病院には、3カ月ほど無料で新薬を提供すると言われています。というのは、「T大学病院の○○先生やK大学病院の□□先生は、もうお使いになっていますよ」と実績を伝えたいためです。
MRの仕事は、我慢の連続です。教授に会うために病院で2時間待機していたとしても、会えるのは5分くらい。それでも時間をもらえない時は、移動の車内で要点を伝えたり、ゴルフにお誘いしてランチを待つ間に資料を見せて説明したりします。本来、新薬の効力やそれを裏付けるデータの詳細は、ホームページなどで図解とともに掲載するのがわかりやすいはずです。しかし、忙しい医師がそれをじっくり見る時間がとれないので、こういった仕事が必要になるわけです。
今後AIが普及して営業の仕事が減ると言われていますが、ある程度は減っても、やはり人と人との関係をつくらなければならないので、人にしかできない重要な仕事があります。ネット社会だからこそ、生身の営業が生きる商売のやり方があるはずです。
だいたいどの業界でも、大手数社が同じような商品を出しています。仕様が似ていて、価格もほぼ一緒。そういうときに、消費者や調達担当者は何を決め手に買うのでしょうか。
たとえば、A社のマカデミアナッツチョコと、B社のマカデミアナッツチョコをネット通販サイトで比べると、A社のマカデミアチョコはナッツが丸ごと入っていて、B社のチョコは細かく砕いたナッツが入っている。1粒あたりの価格を比べると、B社のほうがわずかに高いとします。
消費者は迷ってしまいます。ネット時代であり、細かな仕様と値段はオープンになっています。しかし、A社のマカデミアナッツチョコとB社のマカデミアナッツチョコでは、どちらを買っていいか即断はできません。ナッツ丸ごとのほうが好きならばA社でしょうが、価格が少し高いということはB社のほうが材料の品質に自信があるのかもしれません。
そこで、人間の営業担当者が必要になるのではないでしょうか。A社は「ナッツ丸ごとのほうが食感がよくお勧めですよ」とスーパーに売り込み、B社は「実は特別なカカオ豆を使っています」と店頭のPOPに書いてもらうかもしれません。
どんな商品やサービスでも、商品力や宣伝力があったとしても、それだけで勝つことはできません。やはり、わが社の商品やサービスがお買い得だと説得して注文をとってくる人材が必要です。
景気や環境の変化によって人員調整は当然ありますが、営業の役割は、社会情勢と自社商品について学び、牙を磨き続けることに尽きると思います。