人生において、仕事の占める割合はとても大きいものです。ただ、いわゆる「仕事バカ」であることは、本当にいいことなのでしょうか。名将と言われた野村克也さんは、自らのチームの選手たちに対して、「決して、野球バカになるな」と説いていました。それは一体、どうしてなのでしょうか。かつて、野村さんの薫陶を受けた教え子の言葉から、ノンフィクションライターの長谷川晶一さんが紐解いていきます。

「野村引く野球、イコール、ゼロ」の真意とは?

生前の野村克也は口癖のように、「野村引く野球、イコール、ゼロ」と口にしていた。「自分から野球を取ったら何も残らない」、そんな思いを抱いていたからである。実際に、現役時代の野村は寝ても覚めても野球のことばかり考え、「どうすればもっとうまくなるのか?」「どうすれば勝てるのか?」と思い続けていたという。

しかし、「自分から野球を除いたら、一体何が残るのだろうか?」と自問自答し、「何も残らない」ということを自覚したことによって、「もっと勉強しなければ」という思いが芽生え、貪るように本を読むようになり、いっそう人の話を聞くことに努めるようになった。その結果、知識は深まり、思考は体系化され、世にいう「野村ノート」が完成することになったのである。

ものごとには、基礎、基本、応用の3段階があり、それらの段階を丁寧に踏んでいくことで、ものごとははじめて深まっていく。基礎がなければ何もはじまらない。「1」があるから、次に「2」となり、「3」へと続いていく。だからこそ、野村は「1」を大切にした。

野村はしばしば、「プロフェッショナルのプロとは、プロセスのプロである」といっている。また、「野村野球とは?」という質問に対して、「プロセス重視の準備野球」とも答えている。野村が大切にした「1」とは、すなわち「基礎」であり、「プロセス」なのだ。

自分の無知を自覚したからこそ、基礎に立ち返ることを意識した。その結果、さらに視野を広げることとなり、思考の深化がもたらされることになったのである。