政財界の重鎮や文壇人、芸能人が訪れるところでもあり「日本の夜の商工会議所」といわれる高級クラブ。昼間は隠せていても、華やぐ夜の世界ではつい本音が出てしまう。毎夜、一流の男を相手にしているママたちの胸をキュンとさせた彼らの飲み方とは――。(内容・肩書は、2019年7月5日号掲載時のままです)
「“札幌ラーメン”を札幌まで食べに行こう」
お酒と仕事、その是非はともかくとして、それらは切っても切れない関係にある。その象徴でもあるのが、夜の銀座だ。実業家、政治家、芸能人、エクセレント企業のビジネスマンなど一流の男たちが集う街だ。著名人がホステスとのゴシップを書かれるときは、単なる「ホステス」ではなく、わざわざ「銀座ホステス」と形容されるほどだ。
「銀座のクラブで最もモテる男」といわれた『失楽園』で知られる直木賞作家の故・渡辺淳一氏に「銀座は夢と気取りと希望の街。ここで書く意欲をかき立てられた。私の原動力は『銀座』だ」と言わしめた街でもある。
「クラブでモテる秘訣は女性を口説かないこと」が口ぐせだった渡辺氏の豪快ぶりをクラブ「稲葉」の白坂亜紀ママはこう話す。
「ある対談で渡辺先生とご一緒したときに『先生にも本命の女性がいて口説いたことがあるのでは?』とお尋ねしたんです。すると『本命の女性には、アフターは札幌ラーメンを食べようと誘った。深夜1時羽田発、札幌行き“オーロラ便”のチケットを用意しておいて、“札幌ラーメン”を札幌まで食べに行こうと誘うんです。当然、帰りの便はないので泊まることになる』と打ち明けてくださった。こんな豪快な口説かれ方をしたら、どんな女性でも心を奪われてしまうでしょう」
渡辺氏のような粋で豪快に銀座で遊ぶ男性は、作家に限ったわけではない。伝説の一流クラブ「ロートレック」など6軒のクラブのオーナーだった銀座社交料飲協会常任顧問の奥澤健二氏は銀座の顔役ともいわれ、夜の銀座を描いた映画の主人公のモデルにもなった。粋か派手なのか意見は分かれるが、「バブル経済期」に破天荒な銀座遊びをした経営者の思い出を奥澤氏が語る。
「ある有名な運送会社のオーナーは銀座のクラブが大好きで、数人の取り巻きと一緒に来て、まずは『ナポレオンを10本持ってこい』とオーダーするんです。それを女の子にばんばん飲ませて、余ったら家に持って帰れと女の子にいうんです。また、大手の商品先物取引会社の社長は、銀座で飲んだ後、赤坂にニューラテンクオーターという有名なナイトクラブがあったんですが、その店を閉店後借り切り、ホステスや赤坂の芸者30~40人を集めて飲み直してましたね」
バブルの頃は飲み方が半端ではなかったという。当時、高級ブランデーのルイ13世は1本30万円するといわれていたが、2つに切ったメロンをくり抜き、そこに注ぐのが銀座ルールだったという。しかし、バブル崩壊、リーマンショック、そして東日本大震災と景気後退は続いた。その後、やっとアベノミクスの効果で持ち直しつつあるとはいえ、銀座はまだ、一時ほどの勢いはない。
銀座のスカウトマンとして50年余のキャリアを誇り、クラブ「夜想曲」などを経営するNIコーポレーション取締役顧問の高橋央延氏が、今風の銀座のお客についてこう話す。