平成を代表する経営者、稲盛和夫氏。その真骨頂は「利他の心」から発した第二電電創業やJAL再建などの数々の挑戦だ。身近に接した人々が「教え」のエッセンスを語る。(内容・肩書は、2019年7月5日号掲載時のままです)
なぜ「大義」を第一にするか
初めて稲盛さんにお会いしたのは、電電公社の職員だった40歳のときのこと。当時私は、主に関西の経営者に対して、来る情報通信革命で社会がどう変わるかを説明する役割を担っていました。一方で、巨大な官営企業一社が通信事業を独占している状況は健全ではないという問題意識を持ち、対抗できる民間企業をつくりたいという秘めたる思いを抱いていました。
そんな矢先、ある講演会で出会ったのが、急成長企業として注目を集めていた京都セラミック(現京セラ)を率いる稲盛さんでした。何度か話をし、稲盛さんの経営哲学や経営手法を知るうちに、「この人なら自分の考えを理解してくれるだろう」と確信するようになりました。そこで思い切って「電電公社に対抗する民間の通信会社をつくりませんか」と切り出したのです。
電電公社という巨象に徒手空拳で立ち向かう。そんな夢物語、普通の経営者なら聞く耳さえ持たなかっただろうと思います。しかし稲盛さんは、同様の思いをすでに持っておられ、熟考の後に「ぜひやろう」と立ち上がってくださいました。なぜでしょうか。この挑戦には「大義」があったからです。
稲盛さんは大義を大切にする方です。事業が成功したとき、それは人と人との「出会い」があったからだと言う人がいますが、正確に言うと、出会っただけでは何も始まりません。世の中の矛盾を解決し、社会をよりよいものにしたい。そういう大義を持った者同士が出会い、志を共にして初めて、強烈な化学反応が起きるのです。
私は現在、レノバという再生可能エネルギーを利用した発電事業会社で、若い仲間と共に経営を行っています。未来の地球や地域のためには再生可能エネルギーを普及させなければならない、という大義を感じているからです。
もちろん大義を実現するには、圧倒的な努力が必要です。稲盛さんは、細部に至るまで全身全霊を傾けられます。私は共に創業したDDIで稲盛さんの仕事ぶりを間近に見ることができましたが、正直、ここまでやるのか、とその激烈さに舌を巻いた覚えがあります。稲盛さんの言葉を借りると、「狂」の境地に入らなければ、常識を突き崩すような挑戦に勝つことはできないのです。
当時は私も若く、稲盛さんが示してくれた教えの深い意味まではわかっていなかったかもしれません。真に腹落ちしたのは、イー・アクセスやイー・モバイルを自ら創業し、経営トップを経験してからのことです。あの頃稲盛さんはこんなに奥深いことを言っていたのか、と今改めて感じています。