優れたリーダーには"名参謀"がついている。自分は将を目指すべきか。それとも参謀に徹したほうが大成するのか――。自己分析の手助けとなる「適性診断テスト」を受けてみよう。(内容・肩書は、2019年7月5日号掲載時のままです)
猪突猛進型と完璧主義者
「トヨタ自動車を創業した豊田喜一郎と、『トヨタの大番頭』を自任し、戦後の倒産の危機を救った石田退三。このコンビに見られるように、大事業をなす組織には必ず息の合った将と参謀の姿があります。中小企業から大企業まで、大勢の経営者を見てきましたが、将の器と参謀の器とは、明らかに気質が違うものです」
アドラー心理学カウンセリング指導者の岩井俊憲氏はこう切り出す。では、その違いはどこにあるのか。「ひと言で言うと、将は猪突猛進型の『ドライバー』。人間機関車のようなタイプ。対する参謀は、自己抑制的な『コントローラー』で、完璧主義者という特徴があります」と岩井氏は分析する。アドラー心理学流に言うと「ライフスタイル」の違いだ。平素はともかく、「ここぞ」というときに、その人特有の思考・感情・行動のスタイルの違いが表れる。
岩井氏によれば、将の器を持つ人は、多くの人をまとめ上げ、大きな成果を発揮できたときに充実感を覚える。「私は優越していなければならない」という自己理想を持っており、その理想に向かって突き進むバイタリティーに溢れている。「こうした将の器を目指すなら、最も必要なのは決断力」だと岩井氏は強調する。「例えばJリーグを創設した川淵三郎さんは、『時期尚早』『前例がない』と抵抗する勢力を押し切ってJリーグを立ち上げた。前例の有無など意に介さない確固たる決断力が将には欠かせない」。
だが、何の根拠もなく将が猪突猛進しては組織としてリスクが大きすぎる。勢いに任せて走りがちな将を制するのが参謀の役目だ。決断に必要な材料を収集、分析し、戦略を立案する力が参謀には求められる。さらに、必要とあらば、耳の痛いことも直言してくれる参謀役がいてこそ、将は存分に力を発揮できる。「参謀役にふさわしいのは、相手の期待を察知する能力に長け、忠実に応えようとする人。広い分野で自ら人を束ねるより、得意分野で秀でることを望む人に多い」(岩井氏)。
こうした将と参謀が互いの強みを発揮できると、組織としても大きな事業を成し遂げることができる。参考にしたいのがホンダ創業者・本田宗一郎と、その名参謀と言われた藤澤武夫だ。生粋の技術者であった本田を、経営手腕に優れた藤澤が支えることで、「世界のホンダ」を築き上げていった。
ホンダの3代目社長を務めた久米是志から聞いた話で、岩井氏の印象に残るエピソードがある。1960年代後半、エンジン開発を巡る論争でホンダが揺れていた。「世界に通用するのは空冷だ」と空冷エンジンにこだわる本田に対し、「空冷は時代遅れ」として水冷を推す若手技術者が猛反発。社内は膠着状態に陥った。そこで藤澤は若手技術者が本田に直訴する場を設けた。「技術屋ではない自分には詳しいことはわからない。社長に直訴してみろ」というわけだ。このとき、本田に進言したのが久米だった。その説得を受け、ついに本田は水冷エンジンを認め、新たな技術開発の道が開かれていった。「若手が社長に進言する場を設けるとは、まさに名参謀にふさわしい」と岩井氏は称賛する。
将と参謀の関係は、組織のトップ経営層に限った話ではない。例えば部長と課長の関係でも成り立つ。そのため、将と参謀、どちらのリーダーシップを目指すべきか、若いうちから考えるべきだ。岩井氏は、両者の資質の違いは30代には見えてくると言う。実際、自身も外資系企業の会社員だった30歳頃、2つのポジションを兼務した際に、得意なスタイルが見えてきたという。まったくタイプの違う2人の上司の要求を察知できなければ、膨大な仕事をさばけない。だが岩井氏は、上の立場の人間が求めることを、意外なほど難なく推し量ることができた。それで参謀に向いていると悟ったのだという。
もちろん現実には、自分の素養に合った人事にならないことも多い。本来は将の器でないにもかかわらず、予期せぬ巡り合わせ人事で、大勢の部下を率いる立場に据えられることもあるだろう。逆も然りだ。そうしたときに打つべき手は何か。岩井氏は「どうしても無理なら、そう申し入れるのが一番」としたうえで、次善の策として、自分の弱点を補強できる人を探すよう勧める。本田と藤澤の関係もまさにそうだ。経営面では藤澤に全権を委ねられたからこそ、本田は天才技術者としての能力を最大限に発揮することができた。「将なら参謀として自分を支える人材を、参謀なら自分を生かせる将を見つけるといい。どんな組織にも必ず両方のタイプがいるはずだ」(岩井氏)。
自分は将を目指すべきか。それとも参謀に徹したほうが大成するのか。自己分析の手助けとなるよう、アドラー心理学に基づいた適性診断テストを用意した。このテストを参考に、自分の得意なスタイルを見極めてはどうか。いずれのタイプだとしても、組織の舵取りを担う者同士、相互のリスペクトが欠かせない。「一方的に目上の人を敬う『尊敬』ではなく、必ずしも主従関係を意味しない『リスペクト』が大切」と岩井氏は説く。参謀から将に対してはもちろん、将も参謀をリスペクトすることで、初めて名コンビとして組織を導けるのだ。
組織を率いる将といえども人の子だ。時には弱音を吐きたいこともある。それを受け止めるのも参謀の役目だ。将と参謀は、時にビジネス上の合理的な判断を超えて、情で結びついていることも多い。パナソニックを一代で築いた松下幸之助が慢性的な不眠症を抱えていたのはよく知られた話だ。そんな松下が眠れない夜に、つい電話をしてしまう相手がいた。秘書を務めていた江口克彦だ。まだスマホなどない時代、夜中すぎに自宅の固定電話が鳴ると、江口は「またおやじだな」と思う。今日は何の用かと電話を取ると、松下は「夜中にすまん。君の声を聞くと元気が出るんや」と言う。この言葉を聞いた瞬間、江口は「この人のためならどんなことでも成し遂げよう」と思ったという。江口の著書『成功の法則』には、こんなエピソードが紹介されている。これを読んだ岩井氏は、「なるほど永遠の『語り部』になったわけがよくわかった」と納得したそうだ。松下とともに過ごした23年間はもちろん、その後も多数の講演や著書を通じて、江口は「松下哲学」を今も伝え続けている。 語り部としての参謀役が活躍する姿はスポーツ界にも見られる。その例として岩井氏が筆頭に挙げるのが、読売ジャイアンツ監督の川上哲治を支えたコーチの牧野茂だ。1965~73年に9年連続で日本シリーズを制覇したいわゆる「V9時代」のころだ。牧野は、野球の概念を変えたと言われる守備重視型の「ドジャース戦法」を取り入れたことでよく知られるが、その真骨頂は別の部分にあった。当時の2大スターといえば王貞治と長嶋茂雄だ。川上に檄を飛ばされると、立ち直りの早い長嶋とは対照的に、王は気に病むこともあった。そこで名参謀の出番である。川上が王を叱った際、牧野はすかさず王に声をかけ、監督の真意が伝わるようフォローしたという。
岩井氏は、「こうしたエピソードからも、牧野が典型的な参謀タイプだったことが窺える」と見る。「将は自分の思いを、必ずしも言葉巧みに伝えなくてもいい。むしろ背中で人を率いることが大事。その分、参謀は『語り部』となって将の思いを伝える役割が求められる」。
アドラー心理学カウンセリング指導者、中小企業診断士。1947年生まれ、70年早稲田大学卒業。85年ヒューマン・ギルドを設立し、代表取締役就任。カウンセリングや企業研修を実施している。著書に『アドラー流リーダーの伝え方』ほか。(内容・肩書は、2019年7月5日号掲載時のままです)