人工知能の登場によって、今ある職業の半分は人工知能に代替されるという。しかし、それはナンセンスだと断言するのは数学者の藤原正彦氏だ。社会変化が大きく先行きが見えない時代に人間としてどう生きるべきか、日本人の品格をどう復活させるかについて話を伺った。前回に続く後編。(内容・肩書は、2019年7月5日号掲載時のままです) 

自分たちは歴史上最低の若者

私はいくつかの著作でも、歴史を学ぶことの大切さを繰り返し書いてきました。前述の食糧自給率の問題にしても、イギリスのチャーチル首相は、食料の補給船が敵に破壊されて食糧備蓄が1週間を切った40年秋が一番怖かったと戦後に語りました。歴史を学んでいれば、食料を自国で生産できないことの弱みは明らかです。農業とは経済だけの問題ではないとわかるのです。

よく若い人たちからは「何を読んでいいかわからない」という質問を受けます。そこで、お茶の水女子大学で教鞭を執っていたとき、20名ほどの学生を対象に読書ゼミを続けました(詳しくは拙書『名著講義』(文春文庫))。『代表的日本人』(内村鑑三)とか『福翁自伝』(福沢諭吉)などを読み、レポートを提出させ、それを私が添削する。そして、授業中はディスカッションを行うのです。

ゼミ生の反応は期待を上回るものでした。彼女たちは、数冊読んだだけでみるみる思考力が高まり深まり、変わっていきました。「自分たちは歴史上もっとも知識があり思慮深い若者」と思っていた学生たちの中から「自分たちは歴史上、知識も情緒も最低の若者」と考える人さえ続出しました。それには「洗脳教育をしているのではないか」と自問したほどです。もちろん、読書習慣も身につき、人間的に成長する素地を持ったことにもなります。ある学生は「書棚に並んだ青帯(哲学思想・言語)の岩波文庫は私の勲章です」と話してくれました。これこそが、まさに読書の効用といっていいでしょう。