妻のイライラと我が子の冷たい視線。なぜ家庭でこんなにも疎まれてしまうのか。どこの家でもありそうな嫌な空気。

カント研究が専門の哲学者・中島義道氏が、ご自身の家庭の実体験をもとに、心が軽くなる考え方を示してくれます。

(内容・肩書は、2017年9月18日号掲載時のままです)

Q1.なぜ、わが子は親と口をきかないのか

そもそも息子と父親は、そんなにしゃべりますか?

うちの息子は幼い頃から病院ばかり通う神経質な子でした。勉強があまり好きではなく、受験勉強に耐えられないかもしれないと考えた妻と、学術振興会の長期留学が可能となった私は、オーストリアのウィーンへ引っ越しました。

最初に通った日本人学校の集団主義に、息子は馴染めなかった。「ボランティアをしましょう」と言う先生に「ボランティア(語源は自由意思)だからやりたくない」と返して怒られたり、好きなサッカーの練習も、給食を食べるのも一人ではダメだと言われ、納得できなかったようです。

転校先のアメリカン・インターナショナル・スクールは、生徒の出身国が70カ国以上、民族・宗教もさまざまな多様性の世界。昼食を一人で食べるぐらいでは誰も怒らない。欧米の有名大学に進む生徒も多かった。父兄会で「お宅(の息子の進路)はどうしますか」とよく聞かれましたが、私はいつも「生きていればいいです」と答えていました。

成績はあまりよくなかったし反抗もしましたが、何も期待せずにいると、要領よくいろんなことをこなすようになりました。私の父親は感情的に冷たい人だったので、私は「あんなふうになりたくない」と思っていましたが、息子は息子で哲学者の私を見て「あんな人になりたくない」と思っていたのかもしれません。

息子が30歳を超えた今も、話す機会はほとんどない。ただ、父の日などにはプレゼントを送ってきます。親には養う義務があるけれど、子どもはそれを利用して生きていけばいいだけ。感謝などしてもらわなくてもいい。結局は親自身がどう考えるかでしょう。

A1.話す機会はなくとも、生きていればいい