日頃から効率を上げ、結果につながる努力を続けているMVP社員の「10倍速仕事術」。「2時間で100人の会合があったら全員と話をする」という製剤研究所のリーダーが、「時間の効率化」のために心がけているものは、意外なものだった。(内容・肩書は、2014年2月3日号掲載時のままです)

知識の融合はネットワーキングから

静岡県焼津市にある日本で第二位の新薬メーカー・アステラス製薬の迫和博製剤研究所長(薬学博士、五二歳)は、満面に笑顔をたたえていた。

同社が研究する医療用医薬品は、研究(探索研究・最適化研究・開発研究)の段階を経て開発(治験)、生産・技術(工業化研究と生産)――と進み、医療機関に届けられる仕組みだ。この間、平均で九年から一七年を要する。

迫氏が率いる製剤研究所は、研究の後期段階の開発研究から工業化研究まで、最適な剤型づくりというミッションを通じて新薬づくりに深くかかわる。この研究所で生まれた固有の製剤技術も数多い。例えば、水に溶けにくい薬物を溶かす技術、薬物の徐放化技術、あるいは薬物送達技術などを駆使して新しい製品を世に送り出している。

内外の開発競争も激しいものがある。研究所の現場では、日々がその緊張感とプレッシャーの連続であろう。そんな製剤研究所の迫所長だが、満面の笑みには特別な理由があった。二〇一一年四月、所長に任命された際、かねてより考えていた「笑顔で接する」を実践した結果だ。というのも、「時間の効率化」を所内に徹底しようと考えたからだ。

写真を拡大

笑顔は人との距離感を縮める。難しい顔では情報も入ってはこない。笑顔で接すれば、相手も笑顔になるし話もスムーズに進み時間も短縮できる。

朝礼では時間の大切さを共有しようと定期的に話す。まず締め切りの意識を高め、時間の総量を大切にすること。出張報告は一人一分で済ませよう。三〇人いたら一分の損失は三〇分の損失だ。「全員のクロック」を短くしてほしい。そして、会議や報告は最小の人員構成で最短に済ませる、などである。

「僕自身は、効率化の追求でつくった時間に新しい仕事を詰め込みます。そして、また時間を縮めて、を繰り返しています。だから客員教授等の外部の仕事もやれているのです。自分でしかできない仕事を優先し、それ以外は権限委譲を心掛けています」

時間の効率化の発想はネットワークづくりにも生かされる。情報や知識は刺激になり、新しいアイデアを思いつく機会になる。ネットワークを広げることでその機会が増えることになるからだ。

「産官学連携はいうまでもなく、学のネットワークも大切です。最新情報も得られるし、世間の情報も入りますから。さらにいえば、医薬工連携。医学・薬学・工学の知識の融合も重要です」

錠剤の製造や大量生産に当たっては、工学的な知識が必要になるのだ。

学でいえば、現在は九州大、神戸大、静岡県立大、熊本大の四つの大学で客員教授の要職にある。大学で講義をすれば教授や学生とのコミュニケーションが図れる。また、理事を務める日本薬剤学会では、世話人として著名講師とも接触するが、これがまた新しい人脈づくりにも繋がっている。

無論、自ら進んで話す努力も欠かせない。

「社内や学会の宴会の場では、二時間で一〇〇人いたら、一人一分喋れるな、と計算する。三人組だからここで三分話せると。そして必ず二周回り、ほぼ全員と会話をするようにしています」

研究所のホームページもメッセージを伝える場の一つだ。

「毎日考えていることを、バッと伝えます。詳しくはいえませんが、自分が得た情報はできるだけシェアするようにしています。特に自分にとって一番インパクトが強かったことなどを書きます。最近では、製剤研以外の人もアクセスしているようですが(笑)」

「社内社外との様々なネットワークを広げておかなければ、研究成果にはつながらない」と迫所長。知識や情報は刺激となり、新しいアイデアを思いつくきっかけになる。対話からふとひらめいたアイデアなどをこのノートにどんどん書き留めていく。

だが、やはり対面でのコミュニケーションには及ばない。

期の初めなどの区切り目などには全員を集め、現在の状況などを説明するほか研究室ごと、また重要プロジェクトのリーダーや研究室を束ねる人たちとも直接に細かい話をする。

厳しい研究の世界で難しいのは、成果の評価法であろう。

迫氏は、門外漢には意外に思えることを明かした。

「研究を早めにやめた人も僕は評価の対象にします。それ以上成果が出ないテーマを長くやるのが一番時間の無駄になりますから。残念ですが、研究というのはほとんど失敗するのが現実。新製品に至るものは数えるくらいしかない。無論、僕らの目から見て成功しそうな線が残っておればやめることはないし、成功に結びつくアドバイスもします」

この世界ではそれだけスピードが要求されているということなのだろう。