周囲よりも多くの成果を上げるMVP社員の「10倍速仕事術」。日頃から効率を上げ、結果につながる努力を続けているに違いない。「ストーリー性があってわかりやすい」と、お得意様からほめられた提案書は、どのように作成したのか。(内容・肩書は、2014年2月3日号掲載時のままです)

勝負を決める下準備の厚み

「お得意様の担当者から『提案にストーリー性があってわかりやすかった』とほめていただきました」――アサヒビールの首都圏広域支社に属する小林由佳さんがそう振り返るのは、二〇一二年一月に開かれた大手チェーンの提案会だ。チェーン店関係者のほか、卸業者、競合他社の営業担当ら二〇〇人超が詰めかけていた会場で、小林さんは販促強化を提案するプレゼンテーションを行った。

小林さんの主業務は、大手チェーン相手の営業。取引先向けに提案書を書くことは珍しくない。が、当時入社三年目だった小林さんにとって、それだけの大舞台は初めて。

しかし、小林さんの提案はそのまま採用されたばかりか、並みいる競合他社を抑えて、販促成果の評価も含めた同チェーンMVPに輝いたのだ。

朝早く出社して、移動中の車の中で、あるいは夜に自宅で等々、提案書の作成は日常の業務とは別枠の時間帯を確保しなければ十分ではない。物事の取捨選択や頭の切り替えでその時間の捻出に成功している小林さんだが、「大学受験の頃にそれができていれば……」と苦笑していた。

二カ月に一度開かれるこの提案会は、自社製品の売り込みではなく、得意先の業績アップを図る提案が求められる。その評価も得意先ばかりではなく、会場に居合わせた人々の意見も勘案されるという。「私も営業ですから、提案では自社の商品を優位にしたい。でも、それが見えるようなプレゼンでは聞く人が引いてしまい、話をまともに聞いてもらえません」

このとき、小林さんが着目したのは、酒類の売れ行きに陰りが見える花見シーズンの販促戦略。提案書の作成には、МD(マーチャンダイジング)担当者の手を借りながら二カ月あまりの時間をかけた。

「提案書づくりに関して、自分にそれほどスキルがあるとは思っていません。ただ、それまでにかけた下準備の厚み。その結果が出たのかなと思います」と謙虚な小林さん。しかし、ほかの取引先でも提案は高評価を受けているという。

説得力があり、実績につながる提案書は、どのように組み立てられるのだろう。

小林さんは、「まず設計図をつくる」という。

設計図は、A4判一枚の紙。上下二段に分かれていて、上段には「提案の目的」「伝えること」「営業目的」とあり、各欄に盛り込むべき項目がずらりと並ぶ。下段はプレゼンの展開を書き込むかたち。それらの項目に沿って、必要な資料や情報、企画要素を提案書に落とし込んでいく。

「先輩が使っていたのを見て、いいなと思い、真似ました」と小林さんはいう。

「たくさんの資料や企画要素を検討していると、どれを拾っていいのか迷ったり、あれもこれも使いたくなるということがありますね。でも、この設計図があるとその都度、本来の目的に立ち戻って考えることができます」

プレゼンの展開を書き込むのも、この設計図の見どころ。データの説明がダラダラと続いたり、饒舌だが真意が伝わらない羽目に陥らないための、いわば台本フォーマットである。これでチェックしていけば、盛り込む要素の取捨選択がしやすくなり、すっきりとして流れのよい構成になる。優れた「ストーリー性」の秘訣はこれだ。

設計図もさることながら、小林さんは上司や先輩の「いいとこ取り」に熱心だ。「先輩の提案資料のつくり方がいいなと思うと、すぐに真似します。提案書とはまったく関係のない社内メールなどでも、よい表現があればいただきます」

まずは真似てみる。そして次に、わからないことや知りたいことは躊躇せず上司や先輩に聞く。資料の組み方、ほしいデータの出どころ、相手の気持ちのつかみ方など。それも社内メールで簡単に済ませたりはしない。必ず当人に会って話を聞く。それが礼儀であるし、「そのほうが得心がいく」からだ。

「上司や情報を下さった先輩には、提案書案を見せ、アドバイスをもらいます。プレゼンのリハーサルに立ち会っていただくこともあります」

それは同時に、小林さん自身のスキルアップと、表現の引き出しを増やしていくことにもつながる。

注目すべきは、そうやって苦心して集めた情報やデータに、小林さんが拘泥していないことである。使い方に不適切な部分があったり、訴求効果が薄いと判断すれば、せっかく集めたデータや資料でもばっさりと切り捨てる。こうして提案書をブラッシュアップし、意図の伝わりやすいものに仕立てていくのだ。

先輩に学んだ切り替えの大切さ

このように、提案書一つつくるには、簡素なものでも説明に十分なバックデータを整える必要があり、そのための手間と時間は相当なボリュームになる。小林さんの一日のスケジュールを見ると、午前は内勤だが正午を待たずに外回り。帰社は夕方だ。「日常業務のなかで、提案書づくりに集中できる時間はあまりとれない」という。では、時間をどう捻出しているのか。

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「朝早く出社して作業することが多いです。あとは、移動中の車の中で考えていたり、夜、自宅でやったりもします」

調べ物などはむしろ、まとまった時間を自由にとれる自宅のほうが集中できるという。しかし、それでは仕事漬けで気を休める暇がないのでは?「そうでもないですよ」と小林さん。「私、切り替えが早いほうなので、ずっと仕事にかかりっきりになるということはありません」。趣味のヨガと料理に割く時間は大切にしているという。

オンとオフの切り替えをはっきりさせることが大切だということも、小林さんは先輩社員から学んだ。アサヒビールには、まったく異なった部署の先輩社員につき従って、その業務を体験する「武者修行研修」がある。その際、小林さんは先輩社員に「勤務時間内は仕事に集中しなければならないけれど、そのほかは自分の時間。それを大事にして楽しまなければもったいない」といわれたという。

きつい仕事も飄々とこなし、帰宅後や休日を楽しみにしていたその先輩の姿に、小林さんは感じ入るものがあった。「入社二年目頃までは、休日に家にいても仕事のことが頭から離れず、落ち着かない日々を過ごしていました。でも、先輩の言葉に触れて、長く仕事を続けていくにはそれではだめなんだと思いました」

手厚い下準備と、迷わず切り捨てる、切り替える潔さ――このあたりが“MVP”たるゆえんに違いない。

小林 由佳(こばやし・ゆか)
アサヒビール首都圏広域支社 広域第一支店 副主任

一九八七年、千葉県生まれ。二〇〇九年明治大学農学部卒業。一〇年より首都圏エリアの大手チェーンに家庭向け商品を販売。(内容・肩書は掲載時のままです)
 
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