住宅ローンは、「余裕があるなら少しでも繰上返済をしたほうがいい」と考える人は多いと思います。しかし、節税という観点では、繰上返済はデメリットになりうる場合があるのです。現時点で最新の住宅ローンの控除について解説するとともに、繰上返済をするべきではないケースについても考えていきます。
住宅ローンを繰上返済すべきではない3つの理由
住宅ローンは、いわば借金です。それなら、「より早く、より多く返済したほうがいいに決まっている」と考える人も多いことでしょう。しかし、必ずしもそうとは限りません。個人事業主や会社経営者、サラリーマンも含めて、自分は繰上返済が本当に得になるかどうかを検討してみることをおすすめします。
「住宅ローンを繰上返済すべきではない理由」は、以下の3つです。
❷借金と資産の両建てによる安心感
❸最強の保険「団体信用生命保険」の威力
この3点ついて、それぞれ解説していきます。
理由❶ 住宅ローン控除の消滅
「住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)」とは、住宅の新築や購入、増改築などをした場合に、その住宅ローンの年末残高に応じて個人の所得税から一定額が控除されるシステムです。2023年時点での控除を受けるための要件は、以下のとおりです。
●返済期間が10年以上の住宅ローン等を利用
●その住居の住所に住民票があり、実際に本人が住んでいる
●合計所得金額が2000万円以下
●物件の床面積50㎡以上であり、床面積2分の1以上を居住に使用
●合計所得が1000万円以下なら、床面積40㎡以上で適用
つまり、所得2000万円を超える高額所得者は対象外です。また、物件の規定では、例えば自宅の半分以上を事業で使っている場合は対象外となりますので注意してください。
ただし、上記はあくまで現時点(2023年時点)で住宅を購入する場合の要件です。住宅ローン控除に関する規定は、控除の対象となる要件、限度額、年数ともに、税制改正が何度も行われ、購入・入居の年度によって控除の要件や内容はまるで異なるからです。
例えば、合計所得が1000万円以下で床面積40㎡以上50㎡未満の小規模住宅が適用されたのは2021年ですから、それ以前の住宅購入は50㎡以上が対象となります。また、2021年以前では、床面積50㎡以上における合計所得の要件は3000万円以下です。
購入・入居の年度ごとの違いについては後述します。ここでは、2022年以降の現在の税制をもとに説明を続けましょう。要件を満たすと、どの程度の所得税の控除が得られるのかを以下の図にまとめました。
2023年現在の住宅ローン控除では、毎年の年末時点のローン残高の0.7%の金額が所得税から控除されますが、要件によって上限額が異なります。新築の認定長期優良住宅なら上限が5,000万円のため、年間最大35万円(5,000万円×0.7%=35万円)を13年間にわたって所得税から控除できます。また、一般の新築住宅なら同じ計算で年間最大21万円を13年間、一般の新築住宅なら最大14万円が10年間控除されます。
繰り返しますが、これは最新の住宅ローン控除の要件ですから、2022年以降に購入・入居した人、またはこれから住宅を買う人向けの情報です。一方、これまでに住宅ローン控除を受けている人の適用要件・年数・控除額の上限については、以下の通りです。
2021年以前に住宅を購入した場合、合計所得金額が3,000万円以下の人が対象となります。控除期間は基本的に10年ですが、2019年以降は要件によって13年に延長されます。また、控除額は基本的に年末借入残高の1%であり、年間の控除額の上限は、認定長期優良住宅の購入などの要件によって異なりますが、20万〜50万円程度になります。
ここまで説明したように、要件ごとに上限額にばらつきはありますが、条件がよければ10年間で500万円が控除されるなど、個人の税制優遇として住宅ローン控除はかなり強力な節税効果があります。
投資や相続などで大金が手に入ったからといって全額返済したり、控除の上限額を下回ってしまうほど繰上返済したりするのは、損をする可能性があるわけです。
そこで大事なことは、シミュレーションです。全額返済や繰上返済によって得する利息分と、住宅ローン控除額を計算してみてください。その結果、利息をなくしたほうが大幅に得するというわけでもなければ、次の❷両建てによる安心感、❸最強の保険「団体信用生命保険」の価値も踏まえて、検討していきましょう。
❷借金と資産の両建てによる安心感
Bさん:住宅ローンを全額返済したが、貯金が100万円しかない
この場合、Aさん、Bさんともに純財産はともに100万円です。しかし、Aさんの場合は負債も資産もある「両建ての状態」であり、資産運用の観点ではAさんのほうがリスクの少ない資産の持ち方とされます。具体的に説明しましょう。
Bさんは借金こそありませんが、手元には100万円しか現金がないため、いざというときの生活費は非常に心許ないのです。突然、会社が倒産してしまって収入源がなくなったとき、100万円で転職までの生活費を負担するのはかなり難しいでしょう。また、病気をして治療費が必要になったり、災害で自宅の補修が必要になったりするかもしれません。つまり、リスクに弱いのです。さらに資産運用の観点でも、100万円では投資に回す余裕がなく、老後の蓄えにも不安が残ります。
一方、Aさんは住宅ローンという借金が900万円あるにせよ、手元には1,000万円の現金があるので、いざというときのために300万円くらいを手元に残し、あとの700万円はNISAやiDeCoなどを活用して投資に回して、お金を増やすことができます。さらに住宅ローン控除もあるので、節税メリットをフル活用することが可能です。
つまり住宅ローンを繰上返済してなお、手元に潤沢な資金があるのならいいのですが、無理に負債をなくして手元の現金を減らしすぎるなら、住宅ローンは「あったほうがいい」ということなのです。
❸最強の保険「団体信用生命保険」の威力
住宅ローンを組む際に金融機関から加入を求められる「団体信用生命保険」、通称「団信」は、非常に有利な生命保険として知られています。住宅ローンの返済中に死亡した場合や、高度障害状態になった場合に、ローンの残債を全額肩代わりしてくれるため、家族は安心して暮らすことができます。
また、保険料が住宅ローン金利のなかに組み込まれるため月々の支払いに備える必要がなく、銀行の信用によってかけられる保険のため、年齢や性別で保険料が変動しないこともメリットです。さらに、オプション等で3大疾病(がん・心筋梗塞・脳卒中)への保障もありますから、自営業であれサラリーマンであれ、万が一の死亡リスクに対する備えにおいては非常に頼もしい保険なのです。
団信は、リスクへの備えとしてとても有利ですが、ローンを完済すればなくなりますし、繰上返済をすればするほど、手元の現金が減り、万が一の際の団信のメリットは小さくなります。そのうえで、急いで住宅ローン繰上返済をする必要性があるかどうかは、サラリーマンと自営業で考え方が異なります。
サラリーマンの場合、先ほどのふたつの問題(❶住宅ローン控除、❷両建ての安心感)をクリアしているかどうかが重要です。
❷繰上返済をしても十分な現金、またはすぐ換金できる資産が手元にある
上記を2つとも満たすのであれば、繰上返済はどんどん進めても問題はありません。ただし、団信の保証内容は金融機関によって異なりますから、フォローされていない健康リスクへの対策を検討し、手元にも十分な現金を残しておくことが大切です。
一方、会社経営者、個人事業主は、いまお伝えした2つの問題点をクリアしたうえで、さらに考慮すべきことがあります。それは、事業の資金繰りや借金への対処です。というのも、自営業の形態によっては運転資金や設備投資で、どうしても借金が必要なときがあります。特に製造業や建築業のようにたくさんの設備を抱える業態は、借金は避けて通れませんし、逆に借金を避けることで競争力や資金繰りの面で事業上のリスクが大きくなることもあります。
ただし、その事業上の借金では、団信に加入することはほぼありませんから、経営者が死亡した場合、借金は法人なら会社に、個人事業主なら遺族に残されます。そうである以上、住宅ローンを繰上返済する資金があるのなら、まず事業上の借金から返済するべきでしょう。住宅ローンにはすでに団信による強固な保障があるのですから、返済の優先順位は最後でいいということです。