「データ重視」を意味する「ID野球」を標榜した名将・野村克也さんは「常に原理原則を見据える」ということを大切にしていました。その一方で、「ワシはすぐに情にほだされてしまう」と、自ら口にしていたように、人情家としての一面もありました。また、リーダーとして部下を導く際には、「理だけでもダメで、情だけでもダメ」と説いています。その真意を見ていきます。

迷ったときには、原理原則に立ち返れ

野村克也は「常に原理原則を見据える」という、監督としての基本理念を持っていた。原理原則とは、一語でいえば「理」である。ものごとの筋道や法則のことであり、もっと端的にいえば「あたりまえのこと」と言い換えてもいいだろう。

原理原則をしっかりとわきまえていれば、どんな事態にも冷静に対処することができる。事物、事象、仕組み、構造など、世の中に存在するものすべてに理があり、そして根拠がある。だから理にかなわないことはしない。理にかなわなければ必ず無理が生じる。どんなときでも、理を以てして戦う——。それこそが、野村の野球観だった。

野球というスポーツは、一球ごとに「」がある。時々刻々と状況が変化しつつも、プレーとプレーのあいだには考える時間がもたらされる。試合中は、即断即決で選手たちに適切な指示を与えなければならない。その際に役に立つのが、「理」である。ときには奇をてらった奇襲や奇策が必要になることもある。それでも、基本となるのは原理原則であり、理なのである。

野球において勝敗の行方を握るのは、7~8割が投手である。投手が相手打線を0点に抑えれば、100パーセント負けることはない。逆に、味方打線が10点を奪っても100パーセント勝てるとは限らない。だから、理にかなった野球をするのなら、投手を中心としたチームづくりをするのが正しい。それが、野村の考えだった。