特に理由はないのに単純ミスを繰り返し、物忘れが多くなる――。そんなパフォーマンスの低下に気づいたら、睡眠負債を疑ったほうがいい。もし自分がそれに陥ったら、どうすればいいのか。ズバリ教えましょう。

自覚することなく生産性が落ちていく

「徹夜すれば、翌日のパフォーマンスが下がることは誰でも実感するでしょう。睡眠負債の怖いところは、そういう自覚がないことが多い点。『睡眠のコントロールは完璧だ』という人が、実は“借金まみれ”というケースもあります」

そう説明するのは、脳神経科学者で早稲田大学研究戦略センター教授の枝川義邦氏。最適な睡眠時間には個人差があるものの、大多数の人は6.5時間から7.5時間の範囲内に収まるという。「平日はだいたい5時間の睡眠が通常パターン」という人が、本当は7時間の睡眠が適切という場合もある。そのマイナス2時間が日に日に蓄積されていくのが睡眠負債だ。しかも、ベッドに入っているのが5時間なら、本当に眠っている時間はさらに短くなる。

自覚がほとんどないと聞けば、自分が睡眠負債に陥っているかどうかを知りたくなるもの。枝川教授が挙げる代表的な兆候とは次の3つだ。

①起きたときのスッキリ感がない
②午前中に眠くなる
③布団に入るとすぐ眠りに落ちる

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②は午前中という点が重要で、目覚めて3時間から4時間経った頃は脳の働きが最も活発なとき。この時間帯に眠くなるのは睡眠負債が原因だと考えられる。逆に昼食後の時間帯に眠気を覚えることは、睡眠が充分な人にもありがちなこと。これは体内時計の働きによるもので、食事とは無関係に、午後2時頃、午前4時頃など、もともと眠気を覚えやすい時間帯があるからだ。

③の「すぐ眠る」は、寝つきがよくて健康的だと誤解されやすい。睡眠負債がない状態では、15分ほどまどろんでから深い眠りに入っていく。このまどろみの時間がないのは、睡眠負債がたまっている証拠だ。

睡眠負債は長年続くと、肥満、高血圧症、免疫力低下などの原因となり、認知症やがん、うつ症状などの深刻な病気につながる恐れもある。

一方で日々の仕事にも影響は大きく、脳の機能が低下して短期記憶(ワーキングメモリ)の働きが悪くなるため、単純ミスや物忘れが多くなる。

「下図のグラフは睡眠研究ではよく知られる実験データで、6時間睡眠を2週間続けると、脳の反応速度は2日間徹夜したのと同じレベルまで下がるという結果が出ています。気づかないうちに脳の情報処理能力はそこまで低下するということです」(枝川教授)

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出典:「Van Dongen HP.et al Sleep(2003)」をもとに編集部作成