十分な睡眠時間をとらないと、翌日の作業効率は落ちる。それが続けば仕事や勉強にも影響して“バカ”になってしまうだろう。それでは、賢くなるためにはどんな睡眠をとればいいのだろうか。

一流の人間が睡眠にこだわるその理由

夜、ベッドにもぐりこんだ瞬間に寝落ち、朝までぐっすり快眠。そんな「ドラえもん」ののび太君級の深い眠りを享受できているビジネスパーソンは、日本にどれだけいるだろう。実際は疲労困憊なのに寝付きが悪く、夜中に何度も目が覚め、朝が来ても体は泥のように疲れている、そんな日々を送る人は多いのではないだろうか。「24時間戦えますか?」そんなCMが流れたバブル期はいざ知らず、いまや適切な睡眠が勉学や仕事の効率を上げることは明らかになってきている。上質な睡眠こそが、仕事と人生の質を左右するといっても過言ではないのだ。

昨年、ベストセラーになった『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)。睡眠生体リズムを研究する著者・西野精治氏は、同書で睡眠医学の総本山スタンフォード大学をはじめとする最新の睡眠研究の知見を紹介している。曰く、すでに一流のアスリートは睡眠の重要性を理解しベストパフォーマンスを出し、そのノウハウはビジネスにも応用できる。「睡眠時間を削ってでも仕事に邁進すること」が、いかに人体にも仕事の効率にも悪影響を及ぼすかを西野氏は論理的に説いている。

一方で、睡眠の重要性は理解できても、職場環境やシフトの組まれ方、繁忙期などで理想的な睡眠を実践できない状況下の人もいる。医師であり、同時にMBAを取得した医療機関再生コンサルタントの裵英洙氏は、自らも実践する超多忙な中での睡眠の「奥の手」を伝授する。一日のベストパフォーマンスは前日の眠りから始まっているのだ。

世界一「睡眠偏差値」が低い日本

ここに一つのデータがある。ミシガン大学が2016年に行った調査結果だ。これによると日本人の睡眠時間は100カ国中、なんと最下位。日本人の4割が6時間未満の睡眠時間で生活しているという。しかも問題は、日本人自らこの睡眠時間に不満を感じ、できるなら東京の人は7時間21分は眠りたいと考えていることだ。つまり日本人は毎日約1時間半近くも睡眠不足で、生活していることになる。

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日本人の「睡眠偏差値」は低い。それだけ日本人が多忙な日々を送っているともいえるが、一方で睡眠に対してあまりに無頓着であることをも表している。

スタンフォードに隣接するのどかな米・パロアルト市に住む西野氏は、来日のたびに日本の都市の明るさに目がくらむという。

「24時間営業のコンビニや飲食店、街のネオンでまるで不夜城。『眠らない』街は、『眠れない』日本人を多く生み出しています」

自宅に戻っても日本人の目と脳は休まらない。深夜番組やネット配信動画、スマホやタブレットで夜中までブルーライトを浴びまくる。そんな状態で床に入っても、すぐに寝付けないのは当然だ。1960年代には6割の人が夜10時までに寝ていたが、00年ごろからは、その割合は2割台までに下がっているとのデータもあるという。

「大人の睡眠時間減少に引きずられ、子どもの睡眠時間も減っています。満員電車はイライラとキレる大人であふれ、学校では情緒不安定や居眠りし続ける子が増えている。うつ病や不登校などの問題も、睡眠と無関係ではありません」(西野氏)

「睡眠負債」が引き起こす「眠りの自己破産」

では具体的に、睡眠不足は何を引き起こすのか。短期的・長期的な影響を西野氏に聞いてみた。

「私たち睡眠研究者は、睡眠が足りていない状態を『睡眠負債』と表現しています。『不足』ならいつか取り戻せますが、『負債』となると簡単ではありません。借金同様、返済が滞れば『眠りの自己破産』だって引き起こしかねません」

アメリカの学会誌『Sleep』では夜勤明けの医師と、夜勤のない医師を対象に、日中の覚醒状況を比較する実験を行った。すると驚くべきことに夜勤明けの医師は、勤務中に1秒~10秒間、眠りに落ちる瞬間があった。本人も周囲も気づかないほどの居眠り。これを「マイクロスリープ(瞬間的居眠り)」と呼ぶ。

「勤務中の医師が寝るなんて」と驚かれるだろうか。しかし自らを振り返っていただきたい。退屈な会議中や、昼食後の静かなオフィスで、瞬間的に意識が飛んだ経験はないだろうか。「自分は十分寝ている」と思う人も、日中の集中力が続かない場合は「睡眠負債」に陥っている可能性がある。もし車の運転中や大事な商談中に、「マイクロスリープ」が起こったら……。大事な商機や生命そのものが奪われかねないのだ。

長期的な影響はどうだろう。ショウジョウバエの実験や、アメリカでの100万人を対象にした実験などで、短時間睡眠者は短命になりやすいという報告が上がっている。さらに肥満になりやすい、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、認知症への影響も無視できない。

睡眠時、私たちは約90分周期で「ノンレム睡眠(脳も体も眠っている)」と「レム睡眠(脳は起きて体が眠っている)」を繰り返している。最初に訪れる深い「ノンレム睡眠」では、グロースホルモン(成長ホルモン)が分泌され、細胞を増殖させ、代謝を促進している。特に日中、緊張感に包まれ働いているビジネスパーソンは交感神経優位の状態で過ごしているが、睡眠中に副交感神経が優位になることで、自律神経も整えられ、消化や排泄も促される。

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記憶分野で果たす睡眠の役割も大きい。睡眠時に嫌な記憶は消去され、必要な情報や勉強した記憶などが定着するからだ。

つまり、上質な睡眠の結果、朝から活力にあふれ、明晰な思考力や判断力に優れ、情緒が安定した状態で働く力を得られているのだ。

入眠直後の「黄金の90分睡眠」この質を整える

では「最高の睡眠」とは、どのようにすれば実現できるのだろう。まずあなたの現在の睡眠が、どのレベルであるか下記のチェックリストで確認してほしい。

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西野氏は、「睡眠の質は、眠り始めの90分で決まる」という。

「夜の10時から深夜2時までが睡眠のゴールデンタイムといわれますが、むしろ寝入りばなの90分、最初の『ノンレム睡眠』をどれだけしっかりとれるかで、睡眠全体の質が決まると考えてください」

そのためには睡眠環境を整えることも重要だ。

「睡眠は意外と繊細です。寝室の温度や湿度、枕の高さや布団の性質、ひとりで寝るのか家族と一緒かどうかでも眠りの深さは違ってきます。ノイズや照明などの外的要因に、身体疾患や心配事などの内的要因。疲れすぎて眠れないことや、ストレス性の過緊張や首肩の凝りで眠れないことだってあります」(西野氏)

眠っている間に呼吸が10秒以上停止する睡眠時無呼吸症候群も、もともと顎の小さい日本人はなりやすく、さらにそこにアルコールが入ると悪化するという。

「もし10秒以上の呼吸停止が1時間に15回以上続くようなら、病院に相談してみてください」(西野氏)

日常的に西野氏が勧めるのは、「入眠のルーティン」を確立することだ。人間は約14~16時間続けて起きていると、自然に「睡眠圧(眠りたくなる欲)」が高まってくる。これを阻害せず、心地よく眠りに誘う儀式を決めてしまう。

「決め手は体温の調整です。皮膚温度と、体の内部の深部体温の2つを調整するために、入眠の90分前までに40度ほどの湯に15分入浴することをお勧めします。夏はシャワーで済ませがちですが、むしろ冷房で体が冷えているからこそ、深部体温を温めるために入浴は欠かせません」

また、睡眠には「モノトナス(単調な状態)」が大切だという。いつもの時間にいつものパジャマで、いつもの照明と室温で眠りを誘う音楽をかけるなど。

反対にしてはならないことは、脳に刺激を与えることだ。面白い小説を読んだり、カフェインを摂取したり、ベッドに横たわってスマホのゲームをするなどもってのほかだ。

自分の「理想の睡眠」を知るために

一方で、「睡眠に正解はない」というのも、眠りの専門家である西野氏と裵氏の共通する認識だ。

「8時間睡眠がいい、90分の倍数寝るといい、さまざまな意見はありますが、それらはあくまで平均的な話。100人いれば100通りの基礎体力や生活環境があります。約90分周期といわれるレム睡眠とノンレム睡眠も、実際には120分まで個人差があり、マニュアル通りにはいきません。ナポレオンのように3~4時間睡眠のショートスリーパーもいれば、8時間睡眠が必要な人もいる。まずは自分の理想の睡眠時間を知ることです」(裵氏)

自分の睡眠時間が最適かどうか、「睡眠効率」の計算式でわかるという(下図参照)。

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たとえばベッドで8時間横になっていたが、実際に眠れたのは6時間だった場合、「6時間」÷「8時間」×100=75となり、「睡眠効率」は75%となる。

大人の場合は100%を目指す必要はないという。横になってすぐに爆睡できるのは子どもくらいなものだからだ。大人の合格ラインは85%。横になり35分で入眠、目覚めて35分で起床できれば、まずまずという。

次に裵氏が勧めるのは、3日間~1週間の「睡眠ログ」を記録すること。「レコーディングダイエット」同様、自らの睡眠パターンを可視化し、「睡眠効率」を上げるのが目的だ。

手順は簡単。メモ用紙に「日付」と「入眠時間」「起床時間」を記し、「睡眠時間」と「睡眠効率」を割り出す。と同時に「覚醒時の爽快度」や、「日中のパフォーマンス」の状態も〇△×で記しておこう。

すると意外なことが見えてくる。自分はショートスリーパーだと思っていた人が、案外翌日あくびが多く、仕事のミスが多いこともある。反対に寝すぎて体調が悪い日もあるだろう。何時間寝れば、翌日の体調も良く、仕事のパフォーマンスも上々なのか理解しよう。

忙しすぎてどうしても寝られない人は……

ただ、どうしても繁忙期で帰宅が終電になったり、翌日の資料作成で徹夜になったりすることもある。遅番や夜勤など、睡眠を自らコントロールできない職種もあるだろう。そんな緊急時にも応用できるお勧めな方法があるという。

「私自身、普段から実践しているのが昼寝です(笑)。もともと午後2~4時はどうしても眠気が訪れる時間帯で、だからこそ国民的にシエスタ(昼寝)が習慣化している国もあるほど。日本ではいまだ『オフィスで昼寝なんて不謹慎』という考えが多いですが、疲れた体と眠たい頭でダラダラと仕事するよりずっと効率的です。どうしても周囲の目がはばかられる場合はトイレで20分間昼寝することもお勧めします」(裵氏)

ただ30分を過ぎると、脳は本格的な熟睡モードに切り替わるため注意が必要だ。そのほか、カフェインはその血中濃度が薄れるタイミングの午前9時、午前12時、午後3時あたりで摂取すること、夕食は寝る3時間前までに済ますこと、深夜残業時は分食で対応すること、飲み会では酒と同量のチェイサー(水)を飲むことなど、日頃の気配りが睡眠の質に大きく影響してくるという。

現在、アメリカでは数千もの睡眠クリニックが開業しており、社会的に睡眠への意識が高い。一方の日本では、いまだに長距離トラック運転手の過失事故や、過労死問題が頻繁にニュースを騒がせている。

「政府自ら地下鉄の24時間運転や、シャイニングマンデー(※)などを提唱する国ですからね。それによる経済効果より、睡眠負債が引き起こす健康被害や産業事故による損失のほうがはるかに大きいのに。アメリカではすでに40年ほど前から、時間生物学を考慮した働き方やシフトの組み方をNASAや産業界が実践しています。日本は数十年遅れというべきでしょうか」(西野氏)

※シャイニングマンデー……月曜日の午前休。経済産業省が「プレミアムフライデー」に続くキャンペーンとして検討していると、テレビ朝日が報じた。

製造業や介護現場など、どうしても深夜勤務が必要な職種もあるが、その場合もアメリカでは3カ月間深夜勤務のみというシフトを組む。日本式の昼夜2交代を繰り返すのは最悪のパターンで、「覚醒時のパフォーマンスも落ちるし、事故もうつ病も増える」(西野氏)という。

裵氏、西野氏ともに、日本人の睡眠負債は職場のマネジメント不足や社会的な認識不足も関係していると捉えている。日本の生産性向上や「働き方改革」の前に、「睡眠」の重要性も考慮に入れるべきだろう。

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西野 精治(にしの・せいじ)
1955年、大阪府生まれ。医師、医学博士。スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所所長。著書に『スタンフォード式 最高の睡眠』。
 
裵 英洙(はい・えいしゅ)
1972年、奈良県生まれ。医師・医学博士、MBA。金沢大学医学部卒、同大学大学院医学研究科、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。著書に『一流の睡眠』など。
 
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