グーグル、ゴールドマン・サックス……名だたる外資系企業が続々導入している。メンタルヘルス対策と思いきや、その主目的は「仕事のパフォーマンスの向上」なのだという。最新脳科学が「生産性アップ」を実証。(内容・肩書は、2016年4月4日号掲載時のままです) 

瞑想で仕事ができるようになる?

マインドフルネスを習慣的にやっている人は、していない人に比べて仕事のパフォーマンスが高いという自覚があった――。こんな調査結果が出たことをご存じだろうか。

マインドフルネスは、注意の向きをコントロールして認知や感情、行動に影響を与え、クオリティ・オブ・ライフを高めるメンタルトレーニングだ。従来のメントレは「行動」や「考え方」を変えることに主眼が置かれていた。一方、マインドフルネスは「注意」や「気づき」を変えることに注力することから、“第三世代のメントレ”と呼ばれている。

横文字が並ぶので海外生まれの手法と思われるかもしれないが、マインドフルネスの起源は禅の瞑想だ。瞑想にストレスを軽減する効果があることは、かねて経験的に知られてきた。そのことに注目したマサチューセッツ医科大学のジョン・カバット・ジンが、思想としての禅とテクニックとしての禅を切り分け、テクニックだけを『マインドフルネス・ストレス低減法』として標準化。一九七九年に開発されたこのプログラムは、現在、慢性的な痛みやストレスを抱える患者の治療に広く利用されている。

注目したいのは、医療分野だけでなくビジネス分野でも活用が広がっていることだろう。脳科学の進展によって科学的な検証が重ねられ、マインドフルネスに仕事のパフォーマンス向上や職場の人間関係改善に効果があることが明らかになってきたのだ。

それを受けて、海外の企業はマインドフルネスを従業員トレーニングに導入し始めている。たとえばグーグルは二〇〇七年から、マインドフルネスを取り入れた「サーチ・インサイド・ユアセルフ(SIY)」という能力開発プログラムを実施している。

 

瞑想と仕事のパフォーマンスの関係を調査している医学博士の石川善樹氏は、次のように解説する。

「近年、日本にも逆輸入される形でマインドフルネスの実践者が増えてきました。ただ、瞑想の実証的研究は海外のものばかりで、日本のビジネスパーソンに相応しいものかどうか、よくわかっていなかった。そこで、日本人約一二〇〇人を対象に調査を実施して、瞑想と仕事のパフォーマンスの関係を明らかにしました」

調査結果はこうだ。瞑想習慣のある人は、習慣のない人に比べて、「自分で自覚する仕事のパフォーマンス」「ワーク・エンゲージメント(働く人がどれだけ活き活きとしているかを測定する概念)」「仕事の満足度」が高かった。

「さらに興味深いこともわかりました。仕事のパフォーマンスとワーク・エンゲージメントについては、『睡眠時間』や『睡眠満足度』より『瞑想の頻度』のほうが正の関連性は高かった。つまり、活き活きと働いて仕事で成果を出すためには、寝不足の解消よりもマインドフルネスの実践のほうが強い関連性があることが判明したのです」

どうしてマインドフルネスで仕事のパフォーマンスが高まるのか。そのメカニズムを説明するには、まずマインドフルネスのメソッドを知ってもらう必要がある。

マインドフルネスでは、何かと拡散しがちな意識を、瞑想によって“いまここ”に集中させていく。そのために必要なのが、姿勢を正す「調身」、呼吸を整える「調息」、そして注意をコントロールする「調心」の三つだ。「調身では、姿勢を正します。猫背の人が姿勢を正そうとすると肩に力が入るので、一度力を入れてから脱力してストンと落とすといい。いい具合に力が抜けて適切な姿勢になります。調息は、五秒ぐらいかけて鼻から息を吸い、二~三倍の時間をかけてゆっくり吐き出すのがコツです。難しいのが調心、つまり注意のコントロール。初心者は、『集中瞑想』から始めるとやりやすいでしょう」

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集中瞑想で認知機能を高める

集中瞑想は、自分の呼吸や目の前にある物など、ひとつの対象物に注意を集中させる瞑想法だ。では、集中瞑想をしているあいだ、脳内では何が起きているのか。

「脳はさまざまな領域に分かれていますが、それらはネットワーク化されていて、異なる脳の領域が同時に活性化することがわかっています。集中瞑想をすると、いくつかの脳ネットワークが活性化します。たとえば後部頭頂葉、背外側前頭前皮質、腹外側前頭前皮質をつなぐエグゼクティブ・ネットワークも、その一つ。このネットワークが活性化すると、集中力、記憶力、意思決定といった認知機能が高まり、そのために仕事のパフォーマンスが向上すると考えられます」

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集中瞑想をマスターしたら「観察瞑想」にも挑戦したい。観察瞑想はオープンモニタリングと呼ばれ、瞑想中にわき起こる思考や感覚をそのまま観察していく。観察瞑想を行うと、集中瞑想のときとは別の脳ネットワークが活性化する。内側前頭前皮質や内側側頭葉、扁桃体、海馬などをつなぐデフォルト・モード・ネットワークだ。このネットワークは、頭で何も考えていないアイドリング状態のときに活動レベルが高まる。集中瞑想ではこのネットワークの活動が低いままだが、観察瞑想をすると脳がアイドリング状態に近づいて活性化していく。

「デフォルト・モード・ネットワークは、過去のさまざまな感情や記憶をつなぎ合わせるときに重要な働きをします。ぼーっとしているときに突然、アイデアがひらめくのも、頭がアイドリング状態でこのネットワークが活性化しているからです。観察瞑想をするとこのネットワークが活性化して、同じようにひらめきが浮かびやすくなると考えられます」

観察瞑想で高まるのは、発想力だけではない。感情をコントロールしやすくなることで、対人関係の改善が期待できるのだ。

鍵を握るのは、感情をつかさどる扁桃体だ。通常、扁桃体は理性をつかさどる前頭前皮質によって抑え込まれている。ところが扁桃体が活発になるとコルチゾールというストレスホルモンが分泌され、逆に扁桃体が前頭前皮質をハイジャックし、感情の抑えがきかなくなってしまう。これは人間関係を築くうえでいいことではない。

「観察瞑想すると、怒りの感情を抱いているときも、“I am angry”ではなく、“I feel angry”というように自分を客観視でき、扁桃体による脳のハイジャックを防げるようになります。また、八週間の瞑想によって扁桃体そのものが縮小したという研究も報告されています」

注意したいのは、観察瞑想は感情を抑えて心穏やかになることを目指すものではないという点だ。

「たとえネガティブなものでも、感情自体を否定してはいけません。たとえば怒りは人を楽観的にする効果があります。怒っているときに力の差のある相手にも向かっていけるのは、怒りで脳が楽観的になっているからです。また、不安は人を悲観的にさせますが、そのぶんロジカルな思考が浮かびやすくなります。こうしたネガティブな感情を無理に抑え込むのではなく、自在にコントロールしてクリエーティブな方向に活用できるようになるのが観察瞑想のメリットです」

人間特有の力、“思いやり力”も向上

マインドフルネスの瞑想法としては、これまで紹介した集中瞑想と観察瞑想が初心者向き。このほかにも「上級者向き」とされているのが、「思いやり瞑想」といわれる瞑想法だ。

思いやり瞑想で向上が期待されるのは、文字通り、思いやりの力だ。じつは他人を思いやる力は、人間に特有なものだという。

「霊長類は三〇〇種類程度いますが、自分の家族やコミュニティ以外の赤の他人に食べ物を分け与える行動をするのは人間だけです。これは人間が進化の過程で、他人を思いやる力を身につけてきたからだといわれています。同情と混同されがちですが、同情は相手の感情に引きずられて、こちらまでネガティブになることがあるのに対して、思いやりや共感は相手の境遇を理解したうえでポジティブに思考できる。この思いやりの力が高いと、たとえばミスした部下にもいい励まし方ができるし、自分のメンタルもダメージを受けづらいのです」

思いやり瞑想の手順は、他の瞑想法と異なる。欠かせないのは、まず自分に強いストレスをかけること。僧侶なら、恵まれない子どもたちなどをイメージして自分にストレスを与えるという。ビジネスパーソンなら、部下が仕事で失敗をするシーンなどを思い浮かべて、自分にプレッシャーを与えるといい。それから調息でゆっくり呼吸をして、一気にリラックスする。これで思いやり瞑想に入っていく。

「この状態で適度な目標を設定した明確な作業に取りかかると、心理学で『ゾーン』、あるいは『フロー』と名づけられた状態に入ります。脳科学的にいうと、高シータ波と低アルファ波、ガンマ波が出ていて、さまざまな情報をキャッチして、瞬時に分析して意思決定を行い、アクションを起こせる状態だといえます」

日々、難題が降りかかるビジネスパーソンにとって、ストレスを逆に利用して集中&リラックス状態をつくる思いやり瞑想は、最強のメソッドに思える。ただ、最後には石川氏はこうアドバイスしてくれた。

「普段の仕事で、ゾーン状態を要求されることは多くないはず。それより不調の状態を減らして全体を底上げしたほうが、長期的なパフォーマンスは高まります。集中瞑想や観察瞑想を中心に、ときに思いやり瞑想をしてハイパフォーマンスを目指すというアプローチがいいのかもしれません」

石川 善樹(いしかわ・よしき)
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部を経てハーバード大学公衆衛生大学院修了。専門は予防医学、行動科学、計算創造学、統計解析など。キャンサースキャン、Campus for H共同創業者。(内容・肩書は、2016年4月4日号掲載時のままです) 
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