第1回は、世界中の料理、一流の料理人に触れてきた辻代表が料理界で誰からもリスペクトされる、プロフェッショナルの条件を教えます。世界をリードするアメリカ人シェフのプロフェッショナルぶりを紹介します。(2023年5月8日レター)

父の辻静雄は、読売新聞大阪本社の社会部記者を経て、1960年に辻調理師学校(現・辻調理師専門学校)を開校させた。1964年に生まれた私は、11歳で単身イギリスに渡ったのち、アメリカの大学を卒業して27歳で帰国。父が急逝したため、29歳から辻調グループ代表を務め、30年が経つ。幼少から父の薫陶を受け、その後も私なりに料理への見聞を広めてきたつもりだ。

料理界における「真のプロフェッショナル」とはどんな人物か、4回にわけて考えを述べてみたい。各々の分野で高みを目指す読者の皆様にとって、何らかのヒントになればうれしく思う。

最初に、料理界が抱える課題を挙げておきたい。どの産業も似たような課題を抱えているのではないか。1つは、地球規模の人口増加にともなう食糧危機。フードロスをふくめた持続可能性。もう1つは、ブラックな労働環境だ。海外では、課題解決のために社会的役割をになう料理人が次々に登場している。社会貢献を果たし、ストーリーを持ったセレブだ。自戒の意を込めて申し上げると、日本ではストーリーのある料理人が少なく、料理人自体の社会的地位が低いことも相まって、料理界に入る若者が減っている。

現代の課題をふまえ、私が考える料理界のプロフェッショナルとは、次の3つの才能を兼ね備え、発揮している人のことだ。どれか1つが欠けてもいけない。

・職人としての才能
・芸術家としての才能
・商売人としての才能

ビジネス界では、イノベーティブなビジネスモデル、ゼロからイチをつくりだす人が求められているが、大前提として「料理の世界にはゼロからイチを創造できる人は存在しない」というのが私の持論だ。偉そうな言い方になることをお許しいただきたいのだが、1920年においても、1970年においても、2023年においても、またこの先においても、料理は「過去の歴史の断片を切り取り、どう現代風に表現し直すか」という営みにすぎない。フランス料理で言うなら、おおよそ25年から30年ごとに新しいムーブメントが訪れるが、いずれも「あの時代の、あのシェフの、あの料理をこうアレンジしているのだな」と、わかる人にはわかってしまう。

ただ、ムーブメントを起こすことはカンタンではない。まず高い技量が求められる。料理界では、料理が下手なのにプロフェッショナルにはなれない。料理人の技能と知識、器量以上の料理が出てくることも決してない。読者の皆様にお聞きしたいのだが、どの道であっても、「プロ」と呼ばれるには、まずは「その道の最高の実務家」であることが必要なのではないだろうか。時流に乗って一時期は評判になっても、技量がなければ、やがてお客様は離れていく。

職人的な技量の先に、芸術性や創造性、マーケティングや人材育成をふくめたマネジメントがある。一連の営みを高いレベルで行っている人は稀であり、料理界で誰からもリスペクトされ、長く活躍できる真のプロフェッショナルだ。

これまで私が出会った料理人のなかから、4人のプロフェッショナルを紹介していきたい。1人目は20年来の知人でもあるアメリカ人シェフ、ダン・バーバーだ。

1970代のアメリカで、「Farm to Table」というムーブメントが起きた。文字通り、「農場から食卓へ」、生産者から消費者に安全で新鮮な食材を届けるという理念だ。ダンは、「Farm to Table」を提唱した食の活動家アリス・ウォータースが開いたレストラン「シェ・パニース」で修行していた。理念を踏襲し、2000年にマンハッタンに小さなお店「ブルーヒル」を開店する。ニューヨーク近郊の農場「ブルーヒル・ファーム」を実兄とともに祖母から譲り受け、動物を飼うことで改善した土壌で生産した野菜、新鮮な肉を使った料理を出し、好評を博す。当時のニューヨークは高級美食系が全盛で、ダンの料理のような「ヘルシー」という概念はなかった。

かのジョン・ロックフェラーの孫、実業家デイビッド・ロックフェラーが常連客としてダンの店に通っていたのだが、ある日、自分のおばあちゃんが所有する広大な土地があるので、あなたの力で再開発してもらえないかという話を持ちかけた。マンハッタンから50kmほど、車で1時間弱のタリータウンという街にあるロックフェラー家の酪農場跡地だった。持続可能な農業を実現する農園を築くプロジェクトで、ロックフェラーは、ダンには賃料をきちんと払ってレストランを運営してほしいという条件を出す。ここが話の肝だ。

農園内でダンが運営するレストラン「ブルーヒル・アット・ストーンバーンズ」は、辺鄙な場所にもかかわらず、連日100席が埋まる盛況ぶりだ。農園の作物と動物を余すことなく使いきる、サステイナブルなダンの料理は、情熱と努力によって磨き上げられた技量によって、味覚の多層性をしっかりと実現している。3時間以上かけて、味だけでなく見た目にも飽きさせない美しい料理が客を魅了する。キッチンには、40人もの料理人を雇用し、育てているというから驚く。

農園では、赤牛や豚が牧草地を定期的に移動しながら草を食べて健康に育ち、豊かな土壌がおいしい植物を実らせる。料理人と大学が共同で食材やその生産方法に関するさまざまな研究開発している。身体に害のない農薬の研究にも余念がない。ガチョウに無理やりトウモロコシを食べさせずにフォアグラをつくる方法も試している。動物園もあり、開放し、お金を取っている。

Netflixで公開されたドキュメンタリーシリーズ「シェフのテーブル」に登場したダンは、その中で自らの理念を言っている。「最高の味を求めるなら、最高の食材を求めろ。最高の食材を求めるなら、最高の農業を求めろ」。現代の「Farm to Table」の第一人者であり、最高の技量、最高の芸術性、創造性、そして商業性も高いレベルで実現した稀有なプロフェッショナルだ。

次回は、国内に目を向け、私がこれまでに出会ったことのない天才日本人シェフの話をしたい。(つづく)

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