頭では「顧客視点」の重要性はわかっているものの、どうしても数字に追われて、いつの間にかお客様の目線で考えることを忘れてしまっている……。「毎度、会議は売上報告に終始する」「どうすればもっと数字が上がるかの議論ばかりしている」、そういう人も多いのではないか。このように「自社本位」になってしまう原因は何か? どうすれば、一貫して「顧客視点」を持てるのか、アサヒビール社長の松山一雄氏が教える。(2023年8月7日レター)

顧客主義、お客様視点、カスタマーファースト……。表現はさまざまですが、顧客を大切にする姿勢を何らかの形で打ち出していない企業は少数派です。ただ、顧客主義を打ち出していても、それを実践できている企業と、口先だけで行動が伴わない企業があります。その差はどこにあるのでしょうか。

原因の一つは、顧客主義の定義が人によって異なることです。ある人は利益度外視でお客様の要望を叶えることだと考えるかもしれないし、ある人はお客様とWIN-WINの関係を築くことだと言うかもしれません。それぞれが思い浮かべるものが違うため、チームや組織として実践するときにかみ合わず、顧客主義が徹底されなくなるのです。

では、顧客主義をどのようにとらえるのが正解でしょうか。私は若いころから企業の目的とは何かと考えてきました。その結果たどり着いたのは、「企業の目的は顧客の創造」というドラッカーの言葉でした。顧客主義も、この言葉に源泉があるのではないでしょうか。つまり、顧客の創造につながってこその顧客主義であり、そうではない考えや施策は企業活動の本筋から外れている。それが私の考えです。

ドラッカーの本を読んだのは、20代の頃でした。その経緯を含めて、改めて自己紹介させてください。私は大学を卒業後、大手ゼネコンの鹿島建設に入社して、マレーシアに赴任しました。マレーシアには日系の大きなショッピングセンターがあり、テナントとして本屋も入っています。いつかMBA留学をしたいと考えていた私は、そこで経営やマネジメントに関する本を買ってよく読んでいました。そこで出会った一冊がドラッカーでした。

企業の目的が「顧客の創造」だと言われても、当時はピンと来ませんでした。しかし、その後、バーコードシステムやラベルプリンターのメーカーであるサトー、そして外資系のP&Gに転職。ふたたびサトーに戻って、最終的には社長就任——そのように経験を重ねるうちにドラッカーの言葉が腑に落ちてきて、今では自分の中で揺るぎのないものになっています。

サトーで社長を6年半務めた後に転職したアサヒビールは、まさに私が考える顧客主義をスローガンとして掲げていました。「すべては、お客さまの『うまい!』のために。」です。私がアサヒビールで新しい挑戦をしようと考えた理由はいくつかありますが、企業活動のすべてをお客様に注ぐという姿勢に強く共感したこともその一つでした。

顧客主義が徹底されない原因はもう一つあります。「顧客とは誰か」が人によって異なることです。たとえば大企業の場合、スムーズに仕事を進めるには社内営業が必要で、いつの間にか上司や他部署に喜ばれるような仕事をしてしまいがちです。また、製造現場には「次工程はお客様(=自分たちの作業のあとの工程を担う人のことを“お客様”のように接する)」という考え方もあります。上司や他部署の人や後工程の人のことを考えて仕事をするのは正しいと思います。しかし、社内の人間をお客様ととらえると、本当のお客様がおざなりになるかもしれません。

では、本当のお客様は誰か。鹿島建設でマレーシアの駐在員になった私に与えられた仕事は、日本からいらっしゃった設計事務所の先生のお世話を24時間365日することでした。私は先生が気持ちよく仕事できるように全力を尽くしました、しかし、先生もやはりお客様ではありません。

当時、我々のチームが手がけていたのはマレーシア政府発注のエビ養殖センターでしたから、発注者のマレーシア政府がお客様でしょうか。お金を直接支払ってくれる人や業者をお客様と考える人も多いですが、私はまだ“お客様”の認識として浅いと思います。建設予定のセンターで養殖されたエビの多くは、さまざまな流通業者を介して最終的に日本の消費者に届けられます。私が考えるお客様は、エンドユーザーである消費者です。私が建築家の先生のお世話をしていたのも、消費者のみなさんにおいしくて安全なエビを食べてもらうためでした。

BtoBのビジネスも、その先に目を向ければ、BtoBtoB……toCというように最後は消費者に行きつきます。最後のCに行きつくまでには、直接のお客様やビジネスパートナー、さらに社内の関係者までさまざまな人が関わってきますし、それらのみなさんと良い関係を築くことは大切です。ただ、良い関係を築くのも消費者に価値を届けるためです。「お客様とは消費者である」と意識を合わせないと、チームや組織の顧客主義は機能しないでしょう。

今回は私が考える顧客主義や顧客像の話をしましたが、私の定義が正解かどうかはわかりません。ただ一つ言えるのは、リーダーは基本的な考え方を明確にし、共有すべきです。すべての活動の土台をつくってはじめて、組織は顧客主義を徹底できるのです。

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