市場飽和や市場縮小で、期待するほどの成果をあげられないビジネスリーダー必読の全4回となります。鈴木さんは、2020年9月以来、1年ぶりの登場です。(2021年9月6日レター)
日本で、単一ブランドでの年間販売額が1兆4600億円に達する商品があるのをご存知だろうか。セブン&アイグループのPB(プライベートブランド)商品、セブンプレミアムだ。昨年5月には、2007年の発売以来の累計販売額が10兆円を超えた。なぜ、セブンプレミアムはPB商品として圧倒的な強さを発揮できるのか。それは、PB商品の「既存の定義」を打破し、それまでにない「新しい定義」を打ち立てたからだった。
セブンプレミアムの開発の経緯はこうだ。最初にPB商品開発を提案したのは、グループ企業であるヨークベニマルの大高善興社長(当時、現会長)だった。地盤である東北、北関東地域は、地元スーパーやショッピングセンターなどとの競争が激しい。他社が低価格のPB商品で攻勢をかけてきたのに対抗するため、PBの開発着手を求めたのだった。私は開発に向け、絶対条件を示した。
「低価格を優先するのではなく、質を徹底して追求するように」
流通のPB商品といえば、従来、「メーカーのNB(ナショナルブランド)より安い商品」という定義づけが一般的だった。既存の常識とは反対の開発方針を私が示したことに対し、社内からは「消費者は低価格のPB商品を求めているのではないか」と否定的な声があがった。ただ、私は当時の円高不況下でも、価格の安さだけではなく、質のよさを求める顧客が増えていることを確信していた。
仮に6割の顧客が低価格を求め、一方、質を求める顧客は4割であったとしても、そのニーズに的確に応えたら圧倒的な支持を得られる。そして、今まで6割の中にいた顧客も4割のほうに移ってくる。進むべき道は明らかだった。こうして、「NB商品と同等以上の品質を値ごろな価格で提供する」という、PBの新しい定義に打ち立てたセブンプレミアムは予想以上の支持を得て、大ヒット商品となった。
ものごとの既存の定義を打破すると、新しい市場が拓ける。もう1つの例をあげよう。
2000年代半ばごろ、コンビニ業界は既存店売上高の前年割れが相次ぎ、マスコミは「コンビニ飽和説」を唱えた。これに対し、私はこれから先も、市場の変化に対応していけば、市場飽和はありえないと一貫して持論を主張し続けた。
市場を見ると、総人口は減少する一方で、少子高齢化を背景に単身世帯は逆に増えていた。1世帯あたりの人数が減っていけば、1回の買い物の量も少なくなる。また、女性の就業率も年々高まっていた。とすると、少し先のスーパーまで買い物に行かなくても、家の近くのコンビニでほしい商品がほしい分量だけ手に入れば、そこで買い物をすませようと考えるのは自然の流れだ。
市場の変化やニーズの変化に対応するため、セブン‐イレブンでは2009年、「今の時代に求められる『近くて便利』」というコンセプトによって、コンビニを新たに定義づけ、品揃えの大幅な見直しに着手した。従来、コンビニといえば、おにぎりや弁当など、即食性の高い商品が主力だったが、惣菜メニューの拡充に注力。ポテトサラダ、肉じゃが、筑前煮、ひじき煮……など、少量パックのセブンプレミアム・シリーズを順次開発し投入。食事づくりの手間や煩わしさの解決策を提供するミールソリューションのマーケティングに本格的に取り組んだ。これにより、既存店売上高は好転。市場飽和説を覆したのだった。
忘れてならないのは、ものごとの定義は固定的でもなければ、1つだけとは限らないということだ。もし、今手がけている事業や販売している商品の業績が低迷していたら、「既存の定義」に縛られて、マンネリ化していないか、自省してみることだ。ポストコロナ社会では、社会のあり方や消費者のニーズも大きく変わる。その変化に対応し、「既存の定義」を打破して、「新しい定義」を打ち立てることができたものだけが、顧客の支持を得て、新しい市場を生み出すことができるだろう。(つづく)