商品開発者やマーケターが商品に思いを込めるのは当然のことです。しかし、そこに確固たるストーリーがないと共感を呼びおこせず、思いが独善的なものになってしまいます。主力ブランドの商品を時代に合わせてリニューアルしたところ、お客様には別の商品として受け止められて失敗します。「商品はお客様のものでもある」という認識に欠けていたと振り返る野瀬社長。失敗を生かして、第三のビールでは、競合に先駆けて新市場を創出することができました。野瀬社長は商品に対して、どのように人を惹きつけるストーリーを打ち出しているのでしょうか。(2022年10月3日レター)

サッポロドラフトの失敗は今に生きています――。

商品開発は苦労の連続です。たくさんのハードルを越えて生まれてきた商品を見て、自分たちのものだと感じる心情はよく理解できます。しかし、商品はそれを生み出した企業だけのものではなく、受け取るお客様のものでもあります。そこを履き違えると、苦労して生み出した商品が結局は消えていきます。

私がそのことを学んだのは、時代が昭和から平成に替わった1989年でした。当時、アサヒさんのスーパードライが爆発的に売れていました。我が社の愛称「黒ラベル」(商品名「サッポロびん生」「サッポロ缶生」「サッポロ生ビール」)は当時も当社の主力ブランドだったのですが、「サッポロドラフト」として金のラベルに変更し、中身もリニューアルをしました。ところが、このリニューアルはお客様に受け入れられませんでした。我々とすれば「サッポロの生ビール」としての本質は変わっておらず、その時代に合わせて提案をしたつもりだったのですが、お客様には全く別の商品として受け止められて、酒販店さんや飲食店さんから「なぜびん生を勝手にやめたのか、びん生を持ってこい」という声が相次いだのです。

営業担当でお客様に相対していた私の目にも、このリニューアルは失敗だとわかりました。黒ラベルはお客様の生活に溶け込んでいて愛されていました。しかし私たちは競合商品との対比で商品設計を行い、それまで黒ラベルが培ってきたものを結果的に否定する形になってしまった。要するに「商品はお客様のものでもある」という認識に欠けていたわけです。

昭和の時代はメーカー側に情報があって、こちらが伝えたいものだけをストーリーとして伝えれば営業活動やマーケティングが成り立ちました。しかし、今はSNSの時代であり、情報の主役はお客様のほうです。お客様が自身の興味関心にしたがって情報を探索するようになると、商品の背景にストーリーがしっかり組み立てられたものでないと共感を呼べません。

私たちは、2003年にサッポロが競合に先駆けて発売した第三のビール「ドラフトワン」を発売します。この商品の特長は、すっきりとした味わいと価格の安さです。ただ、それを断片的に伝えるだけでは目新しさだけで終わってしまうおそれがあります。私は当時商品開発リーダーだったのですが、新聞に15段の広告を出して、すっきりしたテイストになる理由や、酒税の問題について解説することになりました。テレビCMでイメージを伝えるより、紙媒体でこの商品の背景にあるストーリーをじっくり伝えたほうが共感を呼び起こせると考えたわけです。その結果、「ドラフトワン」は計画を上回る販売数を記録。第三のビールという新市場の創出に繋がりました。

商品開発者やマーケターが商品に思いを込めるのは当然のことです。しかし、そこに確固たるストーリーがないと共感を呼びおこせず、思いが独善的なものになってしまいます。黒ラベルはいったん消滅後に復活させましたが、しばらくは競合との物性的な対比の構図から抜け出せず、売上を盛り返せずにいました。局面の変化に手応えを感じたのは、味ではなくお客様にとっての存在価値で差別化しようと発想を変えてから。このとき「黒ラベルは憧れの人が飲んでいるビール。この商品をうまいと感じるようになると、初めて大人になれる」というストーリーを打ち出しました。

はたしてみなさんが関わる商品やブランドは、人を惹きつけるストーリーを持っているでしょうか。どのように売るかを考えるより、まずはストーリーを明確にする。それがお客様に愛される商品やサービスを生み出す必須条件です。苦しんでいる方には、いまいちど「商品は誰のものか」を考えてみることをおすすめしたいです。(つづく)

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