ホームセンター大手で増収増益が続くカインズは、リーマン・ショック後のミスミグループ本社を社長として率い、経営危機から一転して成長軌道に戻した経験を持つ高家さんに「次の成長」を託しました。目先には何も問題がないように見える優良企業を変えるのは、苦境の中の変革以上に大仕事です。高家さんは、どんな設計図を描き、改革に挑んだか。その秘訣を語ります。(2022年7月4日レター)
カインズの社長になってから3年が経ちました。もともと優良企業ですが、3年間の取り組みによって大きく変身し、また売上高でも業界ナンバーワンになりました。これから、その変革の実際をお話ししようと思います。
企業の変革には、「危機感」が必要というのが一般的ですが、常にそうだとは限りません。
私は大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入りましたが、「プロ経営者になりたい」という志を抱いて外資系コンサルティング会社へ転職し、2004年に機械工業部品の製造・流通を行うミスミ(現ミスミグループ本社)に入社、08年に社長となりました。
実は、社長になってすぐ、その年の10月に遭遇したのがリーマン・ショックでした。それまではプロ経営者の先駆者である三枝匡さんの下、毎年2桁の売上成長を続け、M&Aや海外展開なども積極的に進めていたものが、需要が突然に激減。会社の営業利益は3カ月連続で赤字に転落してしまいました。2007年までに1200億円を越えていた売上高は2009年には1000億を切るまでに急降下したのです。
そんな状況がいつまで続くのかわからない中で、何よりもまず企業の存続を最優先に考えなければなりませんでした。
最初に頭をよぎったのが、「この状態がいつまで続くと資金繰りに問題が生じてくるのか」という懸念で、キャッシュ・フローの把握が危機対応の第一歩となりました。幸いミスミの財務がしっかりしていたので、キャッシュへの懸念は小さく、危機をいかに素早く乗り切るかに注力し、結果として2010年からは再び会社を成長軌道に戻すことができました。
リーマン・ショックのような危機的状況では、社長が何も言わなくても、みな危機感を持って行動してくれます。
私はその後、2016年にカインズに転じ、副社長を経て、2019年3月に社長に就任しました。当時、カインズの業績は堅調で、流通業界きっての改革派と呼ばれた土屋裕雅前社長(現カインズ会長)の指揮により、増収増益が続いていました。そもそもカインズは1989年の創立以来、ほぼ一貫して成長路線を描いています。業績好調も一過性のものではなく、「ちゃんとやればこの成長は続く」と多くの人が思っている状態でした。
そういう状況の中で私に求められていたのが、カインズの改革でした。
ベイシアグループ全体のリーダーでもある土屋さんがカインズのトップを私に託したのは、会社を新たなステージに導くためです。これまでと同じことを続けるのであれば、トップを変える必要などありません。私たちは新体制に移行した2019年を「第三創業」と位置づけ、自分が社長に就任した3月1日に、2021年度までの3カ年中期経営計画「PROJECT KINDNESS(プロジェクト カインドネス)」を発表しました。その目標はずばり、「次のカインズをつくる」ことでした。
私は、ミスミグループ本社社長としては、リーマン・ショックという危機的状況を乗り越えることからスタートし、5年間に売上高、利益とも1.6倍に伸ばしました。しかし、増収増益を続けているカインズにおいて「第三創業」にもとづいた変革を行うには、ミスミグループ本社で実践したのとは異なる経営が必要だと考えました。
生意気を言うようですが、プロ経営者のひとつの要件は、置かれた環境にあわせて最適な打ち手を打つ懐の深さだと思います。
さて、好調カインズの変革の話です。
同じ「変革」と言っても、会社が危機的状況にあるのと、順風満帆の状態なのとでは、変革のドライバーが全く違ってきます。
前者の場合の動機づけは「危機感」です。ミスミグループ本社でのリーマン・ショックへの対応は、まさに「このままでは生き残れない」という危機感にドライブされた変革でした。
カインズには2万人以上の従業員がいますが、もしそのうち1〜2割の人が「このままじゃヤバいな」と感じていたとしたら、それが変革のドライバーになったでしょう。
しかし業績が好調な場合、同じことは望めません。
先日、ある大手の金融機関のトップの方とお話しする機会がありました。その方は金融業界におけるフィンテック企業の台頭に危機感を抱き、組織改革を進めようとされていたのですが、「いかんせん、うちの会社は現場に全然危機感がない。いくら旗を振っても、なかなか動いてくれない」と嘆かれていました。
その時に私が感じたのは、「金融機関のように経済インフラとして安定している会社では、社員に危機感を植え付けようとしても難しいのに」ということでした。
業績が好調、もしくは企業価値が安定していて、社員たちが「このままやっていても問題ない」と感じているとき、危機感を梃子として変革を進めることは難しいと思います。何か別のドライバーを考えなくてはいけません。
それが、「企業の存在価値に立ち返り、変革の先にある未来を示す」ことだと思います。
カインズで会社を動かしたドライバーはそちらでした。
これについては次回詳しく述べたいと思いますが、その際、未来を示すだけではなく、来るべき未来への変化を「実感してもらう」ことが大切です。このことはカインズの変革でも重要なポイントになりました。(つづく)