町の小さな酒屋だったカクヤスが、日本全国に展開するトップ酒類小売チェーンに拡大できたのは、三代目・佐藤順一社長による社員の意識改革が大きく影響していました。佐藤社長が行った社員教育とは――。(2022年6月6日レター)

ビール1本からでも最短1時間で送料無料でお届けする――。カクヤスはこれまでの酒販業の常識を覆す配送体制を構築して、多くのお客様に支持をいただくようになりました。2019年には東証二部に上場。もともと町の小さな酒屋だったことを思うと、よくここまで成長したと感慨を覚えます。

ただ、ここまでの道のりはけっして平坦ではありませんでした。業界の常識を覆すビジネスモデルをつくりあげるためには、社員にこれまで慣れ親しんだやり方を捨てさせる必要がありました。カクヤスの成長の歴史は、同じところにとどまろうとする社員の意識を変革してきた歴史でもあるわけです。

変化を拒む社員をどうやって導いてきたのか。私が心がけてきたことはシンプルです。社員自身に答えを見つけさせること。これに尽きます。

一例をあげましょう。カクヤスはバブル期に飲食店などの業務用の酒販で成長しました。バブル崩壊で業務用が厳しくなったため、1991年にディスカウント業態に進出して「スーパーディスカウント大安」を開店。それから十数年は、業務用のルート配送と一般家庭用の店頭販売・配達の2本柱で事業を進めていきます。

当時、業務用の事業部の営業日は月曜日から金曜日までの週5日でした。バブルのころはクラブなどの夜のお店がお客様の中心。クラブは接待のない土日は営業しないので、私たちも週末休業で何も問題がありませんでした。しかし、バブル崩壊で接待が激減して、クラブの閉店が続出。かわりに台頭してきたのが、接待に関係のないファミリー向けの飲食店――回転寿司や焼き肉店でした。回転寿司や焼き肉店は、むしろ週末が書き入れ時です。そのため配達は金曜日と月曜日に集中。私たちは注文をさばききれずに、お客様に迷惑をかける事態も発生していました。

経営者である私の中では、解決策がはっきりしていました。金曜日と月曜日に注文が集中していたのは、我々が土日に休むからです。土日も営業することにし、社員はシフト制で他の曜日に休むようにすれば、配達が平準化されて、業務の負担も楽になると同時にお客様の利便性も向上します。

しかし、あえて私から土日営業の指示を出しませんでした。伝えたのは、「金曜と月曜にパンクする問題をどうするか。みんなで議論してくれ」ということだけ。最終的に同じ答えに到達するとしても、上から押し付けられたときと自分たちで導き出したときでは、納得感やその後の覚悟に違いがあります。社員に本気で365日無休配送に取り組んでもらうには、自分たちで答えにたどり着いてもらう必要があったのです。

本当に同じ答えにたどり着くかどうかは、それほど心配していませんでした。人は同じ景色を見ていれば、だいたい同じ答えにたどり着くものです。ただし、時間はかかります。このときは現場で半年間議論を重ねて、365日無休配送が決まりました。途中まで「土曜日は営業して、日曜日は休む」という案が有力でしたが、当時主任だった現場担当の若手社員が「中途半端なことをするより年中無休でやりましょう」と提案して、みんなも納得したとか。自分たちで出した答えなので、責任を持って主体的に取り組んだことは言うまでもありません。

問題は、ときに経営者と現場では目に見える風景が異なることでしょう。同じものを見れば同じ答えになるのだとしても、そもそも眼前の風景が異なれば、そこから導かれる答えも異なってしまいます。

では、365日無休配送を提案した主任は、なぜ私と同じ答えになったのか。それは経営者目線や従業員目線ではなく、お客様目線で問題を解こうとしていたからです。主任は「土曜日営業で日曜日休みなんて、お客様から見たら中途半端」と主張しました。そもそも私が365日無休配送を考えたのも、お客様の利便性のためです。経営者と現場で立場が違っても、お客様の目線に立てば自然に同じ答えになります。

カクヤスは、経営理念やビジョンをあえてつくっていません。ただ、商号の「なんでも酒やカクヤス」には理念に近しいものが込められています。ディスカウントから配達中心の酒販店に業態転換するとき、「いまはまだ実力が足りないからすべてできないが、いずれお客様の要望になんでも応えられる酒屋になろう」「お客様のご要望に“なんでも応えたい“という気持ちでお客様やマーケットに向き合おう」という思いを込めて、「なんでも酒や」と名乗りました。

経営者の仕事は、その思いを社員と共有することでしょう。それによって経営者と現場の目線がそろい、同じ答えにたどり着き、社員が自ら動くようになる。カクヤスが新しいことに次々チャレンジできた理由だと考えています。(つづく)

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