仕事ができるビジネスパーソンの必須条件がマルチタスクです。同時にいくつもの仕事を抱えてバリバリやりこなす人は、社内でも一目置かれているでしょう。実は、そこには大きな誤解があります。なぜならば、もともと人間の脳は、マルチタスクには向いていないからなのです。いったい、どういうことなのでしょうか。
人間は本質的にマルチタスクをできない
ワイヤレスイヤホンを耳に付けて、スマホで電話をしながら、両手でパソコンのキーボードを操作して電子メールを打っている――。このように複数の作業を同時並行で進めていることを、「マルチタスクをこなしている」と言うことが多いようです。そして、ビジネスの現場では、「マルチタスクを遂行できる人=デキる人」と評価しているようです。
考えてみると、マルチタスクは様々なところで行なわれているように思えます。身近な例をとると、日常生活における「家事」は「究極のマルチタスク」と言えるのかもしれません。例えば、朝食用のサラダの野菜を切るかたわらで、味噌汁の鍋の火加減を見る。そして、味噌を入れて味を確認しながら、子供たちの様子に目をやり、「今日は洗濯をしなければいけないんだから、早く着替えなさい」と促す……。2つ、3つどころではない複数の作業を、同時並行で進めているように見えます。
実は、認知症になった人が、最初にできなくなって「おやっ」と気づくのが、家事の一つである料理だと言われます。認知症にはいくつか種類がありますが、アルツハイマー型認知症では、自分の失敗について取り繕う傾向が見られます。「たまたま砂糖を切らしてしまったから、味が物足りない。」や「目を離している隙に焦がしてしまったから、今日は外食にしましょう」といったようにです。料理のように、計画を立てて、それを手際よくこなすには、脳の「実行機能」が円滑に働く必要があります。ワーキングメモリが充分に働くことで実行機能が成り立ちますが、アルツハイマー型認知症ではその機能に不具合が生じたのだと考えられています。
一見、私たちはマルチタスクをこなしているように思えることが多くあります。しかし、脳科学の見地に立つと、「人間は本質的にマルチタスクができない」と言えるほど、脳はマルチタスクが苦手なのです。