不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S」でお馴染みのLIFULL。同社は1997年の創業から間もない時期に「利他主義」という社是を定めました。積極果敢なベンチャー企業がなぜ、このような理念を掲げたのでしょうか。背景にある井上高志社長の経験と思いをひもといていきます。(2022年2月7日レター)
私たちの会社LIFULL(旧社名はネクスト)の社是は「利他主義」です。
LIFULLは不動産・住宅情報サイトとして国内最大級の規模を誇る「LIFULL HOME'S」の運営をはじめ、不動産の情報を核に地方創生や介護情報などの分野にも事業領域を広げています。連結の社員数は約1500人、2021年9月期の連結決算では売上高360億円、22年度は390億円を見込んでいます。大企業としては、異色の経営理念かもしれません。
私がLIFULLの前身となるネクストを創業したのは1997年、26歳のときでした。そのころすでに、稲盛和夫さんの著作にある「利他の心」という言葉に感銘を受け、経営の柱にすべきではないかと考えていました。営利を目的に事業を行っている以上、まずは利益を大切にしてなければならない。しかし、それだけでいいのでしょうか。当時の私には、少なくとも「利己主義だけで経営していては、会社は永続できない」という確信のようなものがありました。
問題は、どうやってその思いを社員にも実感してもらうかということ。2004年から05年にかけて、社員みんなで経営理念と、それを実現するための行動規範を考える機会をつくりました。みんなで集まって、ああでもない、こうでもないと5カ月話し合ったのです。
マネジャーを中心に、仕事が終わった後の会議室で議論しました。マネジャー以外でも希望するメンバーは参加自由です。
役職などを超えて一人ひとりが自身の考えを伝え、話せる場で、「会社はそもそも何のためにあるのか」「お金は何のためにあるのか」「幸せってどういうことか」など、言葉を掘り下げて定義していきました。
私は「会社の目的はお金儲けではない。社会的価値を生み出すことが目的なのだ」という、稲盛さんや渋沢栄一が説いた思想をみなに伝えました。すると、「いくらいいことを言っても、稼がないとしょうがないじゃないですか」「お金がなきゃだめでしょう。従業員だって家庭があるし」といった意見が出てきます。
それに対して私は、渋沢の『論語と算盤』を引用したり、哲学者パスカルの『パンセ』から「正義と力」の話を引いて意見を述べました。「正義なき力は暴力であり、力なき正義は無力である」。つまり「正義と力、その両方が揃ってはじめて価値を生み出すことができるんだ。事業だってそうじゃないか」と。そこへさらに、みなから意見が出ては、ディスカッションを重ねていったのです。
私はこう論じました。「利己主義で事業をやれば、5年や10年は儲けが続くかもしれない。しかし、100年後にはその会社は残っていないだろう。稼ぐ力があるだけで『正義』がなく、やがてはバランスを崩して滅びるからだ。むしろ、利他主義を掲げたうえで力を発揮できれば、正義と力が揃うことになり、長く価値を生み出せる」と。
経営理念や行動規範についての長時間の議論によって社員の間にも浸透していったことで、利益優先主義への疑問が結局は「利他主義」という言葉に集約されていきました。私一人で決めずにメンバー全員でしつこく議論し、社員たちを決定プロセスに巻き込み、腹落ちさせました。じっくりと過程を経ることで理念も規範も「自分事」にしてもらい、「中途半端な浸透」ではなくなるようにしたかったのです。
最終的に完成したのが、社是の「利他主義」と、「常に革進することで、より多くの人々が心からの「安心」と「喜び」を得られる社会の仕組みを創る」という経営理念、そして14(現在は6)のガイドラインでした。
みなで行きついた社是と経営理念はLIFULLの背骨となり、わが社の成長を支えることになります。次回は、私が「利他主義」に目覚めるきっかけとなった前職時代の経験をお話ししましょう。(つづく)