コロナ禍の外食産業にあって、経営危機からの完全復活を誓う、経営トップの肉声をお送りします。巨額の赤字転落で不安を抱く従業員に、菊地さんは何を訴えたのでしょうか。(2021年10月4日レター)

今回から、ロイヤルホールディングス会長であり、京都大学経営管理大学院で特別教授として教鞭を執る、菊地唯夫さんの特集がスタートします。テーマは「危機時における従業員とのコミュニケーション」です。コロナ禍の外食産業にあって、経営危機からの完全復活を誓う、経営トップの肉声をお送りします。巨額の赤字転落で不安を抱く従業員に、菊地さんは何を訴えたのでしょうか。

ここ10数年の間に、ロイヤルホールディングスは2度の経営危機に見舞われました。1度目はリーマンショックによる影響で、2008年から2年連続で赤字となった経営危機です。現在は社長を経て会長の職にありますが、社長に就任する前のことでした。

2度目は今回のコロナ禍による大幅な赤字転落です。今年2月に総合商社双日と資本業務提携し、危機的状況に陥るリスクは回避できました。今、一時的に悪化した財務基盤の早期改善と、今後の変化への対応に向けて、取り組みを進めているところです。

コロナ禍の経営危機では、時々刻々と状況が変わっていくので、スピード感をもって経営判断をしなければなりませんでした。従業員にはタイミングをみて、経営情報とトップのメッセージを伝えるようにし、信頼関係が崩れないように気を配りました。

「従業員と私」の話をするまえに、ロイヤルグループのビジネスについて、かんたんに説明をしておきましょう。ロイヤルグループには外食(ロイヤルホスト、てんや等)、機内食(4月より双日60%、当社40%の持分法適用会社)、ホテル、コントラクト(空港・高速内や百貨店内レストランなど)の4つの事業領域があります。「ポートフォリオ経営」と呼んでいるのですが、私が社長に就任してから、これらの成長事業と安定事業とをうまくバランスさせることで、6年間増収増益を続けてきました。

しかし、コロナ禍で外食も出張も旅行も自粛状態となったことで、4事業すべてでお客様が激減し、大打撃を受けました。盤石だったはずの「ポートフォリオ経営」による成長事業モデルが、破綻してしまったのです。すべて人が自由に移動して成り立つ事業構造になっている、そのリスクに私も気づいていませんでした。

2020年5月、第1四半期の決算発表をする段階で、半期で約150億円の赤字が見込まれました。コロナ禍が早期に収束しないと、年間で約300億円の赤字。これほどの赤字が出るのは、初めてのことです。ロイヤルホールディングスは自己資本が2019年末で508億円でしたので、このペースで赤字が2年続いたら債務超過になる可能性もある。グループ存続に関わる経営危機です。

ところが、飲食、ホテルなどの現場はお客様がほとんど来ない状況に戸惑い、動きが鈍く見えました。そこで、従業員向けの決算説明会では、「みなさんの『不安感』を『危機感』へ変えてください」とメッセージを発しました。

「不安感」は人の動きを止める感情で、「危機感」は人を突き動かす感情です。あの時点の社内の意識は、「不安感」が9割で「危機感」が1割くらいだったでしょう。ポートフォリオ経営を行ってきたことで、担当事業が不振でも他の事業で何とかなるのではないか、そんな「甘えの意識」もあったかもしれません。サービス産業の他社をみると、飲食はテイクアウトやデリバリーのサービスを始め、ホテルはアパートメントスタイルの宿泊対応へと転換するなど、アイデアを出してアグレッシブな打開策に乗り出していました。こういう危機下では、「何もしないこと」がリスクになるのです、とも説明しました。

従業員向けの説明会では、非常時なので次の4つのことを意識して、対応してほしいと訴えました。
「判断基準を非常時に切り替える」
「判断と実行のスピードを上げる」
「ヒントは現場にある。それを見逃すな」
「前を向こう」

この話を聞いたあるマネージャーは「前を向こう」という私の言葉が心に刺さり、スタッフとのミーティングで「つらい状況だけと下向きにならず、前を向いて一歩でも進もう」と呼びかけ、ことあるごとにスタッフを励ましたそうです。このような説明の積み重ねを通じて、営業の現場は「危機感」をもって、動き始めたのです。
業績不振、トラブル、事業方針の変更など、不測の状況に直面したときに、ビジネスリーダーはどうするか。先述のマネージャーのように、会社のメッセージを正しく伝え、チームの動揺を鎮め、従業員のモチベーションが上がるように率いていくこと。それが大事なミッションです。(つづく)

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