キリンビバレッジの「FIRE」「生茶」、キリンの「キリンフリー」、そして湖池屋の社長になって企画した「湖池屋プライドポテト」などヒットを連発する佐藤さん。開発の過程ではハプニングがつきものですが、佐藤さんは偶然性を味方につけた商品こそ人の心を動かすと言います。(2022年3月7日レター)

キリンビバレッジの「FIRE」や「生茶」、キリンの「キリンフリー」、そして湖池屋の社長になって企画した「湖池屋プライドポテト」――。これまでマーケターとして数々の商品を世に送り出してきたが、どのブランドも、発売前に私なりに成功の手ごたえをつかんでいた。ヒットには法則があり、いずれの商品もそのパターンにあてはまっていたからだ。

商品開発には、基本の公式がある。まず大切なのは時代背景だ。かみ砕いていうと、その市場にいる人たちの今の気分である。それから一番買ってほしい人は誰なのかというターゲティングと、その人たちの背景や価値観を分析する。それをもとに開発テーマを決めて、商品のコンセプトに落とし込む。コンセプトが決まれば、商品やマーケティング活動の細部を具体的に設計する。過去の失敗には必ず原因があるので、同じ轍を踏まないよう、ここで確認しておくことが大切だ。

ただ、失敗要因を取り除いたからといって、ヒットするわけではない。むしろ、セオリーに従って設計して予定通りに進んでいく商品は危ない。マーケティングにはハプニングがつきものであり、偶然性を味方につけた商品こそが人の心を動かすのだ。

スティービー・ワンダーのCM出演で話題になった「FIRE」は、まさにハプニングの連続だった。最初にCM出演を依頼したときは断られたが、「バブルが弾けて日本人は打ちひしがれている。缶コーヒーを飲むサラリーマンたちの応援歌をつくってほしい」と作曲の依頼に切り替えたところ、快諾してもらった。

ある日の明け方、国際電話で「曲ができた。すぐに来い」と連絡があった。慌ててアメリカに飛んでいって聞かせてもらったが、私の伝え方がまずかったのか、流れてきたのはバラードだった。「すいません、とてもいい曲ですが、バラードでは元気は出ません」。思い切ってそう伝えると、スティービーはすぐに作り直してくれた。そうして生まれたのが名曲『To Feel The Fire』。聞いた瞬間に魂が震えて、これだと思った。

ハプニングはまだ続く。私が感激を伝えると、「そんなにいいかい? じゃあ俺が歌うよ」とスティービー。出演を断られて作曲のみの依頼になったのに、急転直下、本人が歌唱して、「カメラがあるなら回していい」と出演までしてくれた。

スティービーが熱唱する印象的なCMがなければ、「FIRE」はあそこまでヒットしなかっただろう。あのCMは予定通りにできたものではない。スティービーが最初にCM出演をオーケーしていたらあの名曲は生まれなかったし、名曲が生まれてもスティービーの気が変わらなければその場で撮影もできなかった。まさに偶然性が「FIRE」をヒットに導いてくれたのだ。

商品は人が使うものだ。そうである以上、合理性だけでなく、商品に体温が乗っていないと消費者の心は動かない。そして体温は、予定通りに進んだときよりハプニングが起きたときに生まれやすい。それが、私がハプニングを喜ぶゆえんである。

ただ、ハプニングが起きたとき、その熱量をビジネスに生かすことができなければ、単なるハプニングで終わってしまう。大切なのは、ハプニングに備えることだ。できる限りのオプションを用意しておき、熱量を逃がさないようにすること。

スティービーのCM撮影ができたのも、「そういう話になるかも」と撮影クルーを手配していたからだ。ハプニングを期待しつつ、それに対応するオプションをどれだけ用意しておけるか。これがヒット商品を生むもうひとつの基本公式だ。

第2~3回では、「ヒット商品を生み出すための考え方」、最終回は「チームを強くするリーダーの考え方」についてお話ししたい。(つづく)

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