42歳から22年間トップをつとめた安部さんがバトンを渡したのは、43歳の河村泰貴さんでした。なぜ、安部さんは河村さんを選んだのか。何を見出したのか。トップに立つには、どんな資質が必要なのか――。(2021年2月1日レター)
「人を見る目には自信がある」という方は多いだろう。私もかつては、自分が抱く第一印象、人を評価する視点は正しいと思っていた。経験を重ねる中でわかってきたのだが、若いときは自らのスキルが低いこととあわせて、他人との共同作業の機会も乏しい。経験や事例を重ねていないのに、人を見る目など身につくわけがない。自分の想定と実態のズレに気づき、自らも傷つきながら、だんだんとわかってくるものだ。
人を評価するときは、いつも「客観的に、客観的に」と、ことさら意識しているが、私の目と耳は、常に自分の体と意志と一緒に動いているから、四六時中その人を見てはいない。「氷山の一角」までもいかない。ほんの一瞬しか見えていない。
私は、失敗学の権威である畑村洋太郎先生と知己を得て、教わったことのひとつに三現主義という教えがある。物事を俯瞰的に把握するための、あらゆるシーンに活用できる概念であり、手段だと思う。「現場・現物・現人」の三現主義というのだが、人の評価にも当てはまる。その人を部下がどう思っているのかを聞き取り、同僚がどう評価しているのかも確かめ、自らの見立てと重ね合わせて、総合的に評価していくことが必要だ。つまり、人の評価については、「間違いやすいんだ」という認識に立って、真剣に向き合わなければならない。その人の人生を左右してしまうのだから。
それから、残念ながら、人の好き嫌いも作用する。個人的な好き嫌いというより、ビジネス視点での好き嫌いだ。なぜか、かわいいと思ってしまう。自分に媚びてくれるのではなく、言動のパターンに好感が持てるのだ。好意的に観ての採点と嫌悪感からの採点は、それだけで違ってくるものだ。こうしたバイアスも認識したうえで、「客観的に」という意識を持つようにしている。
どれだけそれを意識しても、やっぱり間違いやすく、見誤りやすい。私も、年齢を重ね、キャリアを重ね、ポジションが高くなってもなお、たくさんの間違いを犯してきた。査定の神ではないのだから、「間違いは起こる」と割り切るしかない。もちろん、社員にとっては極めて重要なことだから、間違いが少なくなるよう、努力はしなければいけない。
というのが大前提で、振り返ってみると、トップマネジメントに登った人材には共通点がある。一言で表現すると、「向上意欲」が強い。ああいう仕事をしたい! あの人のようになりたい! という成長意欲があって、それが行動として随所に出てくる。組織には、ネガティブな人、何でも否定から入る人がいるが、そういった人と対面しても建設的に反応できる。両者はビジネス人生のスタート時点ではスキルに差はなくとも、チャンスは向上意欲が高い人に多く与えられるだろう。
もう1つ共通点があって、「素直」であるということ。すぐに言い訳をして、自分の失敗を認めない人がいる一方で、間違いがあったら直ちに非を認め、反省すべきところはできる。つまり、指導する側が「育てたい」と思える人だ。
最近、素敵な言葉を知った。福井県立大学の中沢孝夫先生が、拙著『大逆転する仕事術』の書評で「人の育ち方と育て方がよくわかる本」と書いてくださった。育て方のハウツー本はたくさんあるが、「育ち方」という一人称の概念に、初めて気づかされた。向上意欲があり、素直さがある人は、きっと「育ち方上手」なのだ。
「育ち方」をキーワードに取ると、若い世代に限定した話ではない。ステップアップして、キャリアを積んで、見識ができてくると、それが邪魔をする段階が訪れる。先輩のアドバイスは素直に聞けても、同僚や後輩に物申されると、感情的に反発してしまう。自意識、自負がある中で、否定されるのだから、人間として当然の感情かもしれないが、それに支配されては、ビジネスリーダーとしての成長できない。一瞬「ムッ」ときても客観的に受け止めて、コトの是非で判断する。あるいは、冷静に受け止めて、自分の反省へと置き換えることができる人にしか、次のステージは用意されない。
自己反省できる人は、何事も長期視点で見ているのだと思う。視線を先に置いていると、目先の刹那的なことに本気で腹は立たない。将来の目標や自分のビジョンを高いところ、遠いところに設定していれば、その間に養わなければいけないことがあるのは当然。課題が多いことも知っている。今の自分を否定されたとしても、創造と成長への伏線と認識できる。
今の私は、そのような観点でも、人を見ている。(つづく)