アンメルツ、アイボン、熱さまシート、そして生葉。花王やP&Gといった巨大企業がしのぎを削るトイレタリー業界で、ベストセラー・ロングセラーを連発する小林製薬には、商品づくりに当たって守り続ける鉄則があります。小林会長にそのエッセンスを教えてもらいます。(2022年1月10日レター)

小林製薬はこの50年程の間に、「アンメルツ」や「ブルーレット」など、医薬品と衛生雑貨の業界でそれまでになかった画期的なヒット商品を数多く生み出してきました。そのために私たちが実践してきた「マーケットの読み方」をお話ししたいと思います。

小林製薬のマーケティング戦略のコンセプトはひと言で「小さな池で大きな魚を釣る」ことにあります。我々は「ニッチトップ」と呼んでいますが、「それほど大きくないニッチな市場で、他社を圧倒するトップシェアを握れる商品を生み出す」のが私たちの基本戦略なのです。

従来の「貼る湿布薬」に代わって生み出した「塗る肩こり薬」のアンメルツや、50年前に私がアメリカ留学時に見た水洗トイレから思いついた、置くだけでトイレがきれいになる「ブルーレット」、熱が出たときに額に貼る冷却シート「熱さまシート」など。それらはまさに類似商品がまったくないところに「小さな池(市場)」を自ら作って、その池を広げていきながら大きな「魚(利益)」が取れるようになった商品と言えるでしょう。

25年前に発売された洗眼薬の「アイボン」は、眼を洗う習慣が一般的ではない時代に、あえて人口比で言えば数少ないコンタクトレンズ使用者をターゲットに開発した商品ですが、予想を超える大ヒットとなりました。社内から「裸眼の人や眼鏡ユーザーにも訴求してはどうか」という声が上がったこともありましたが、「コンタクトレンズユーザーに特化した強いブランドを作ることが重要」という私の方針は一切変えず、現在に至ってもずっと売れ続けています。

しかし近年ではニッチな市場もあらかた開拓され、なかなか「小さな池」を新しく見つけることが難しくなっています。そこで私たちが新たに考え出したのが「大きな池の中に、小さな囲いを作って、その中でトップをとる」という戦略です。

たとえば「歯磨き」や「口臭ケア」などのオーラルケアは非常に大きな市場です。そこではライオンや花王などの大手企業が強いブランドを多数持っており、私たちが同じ土俵で戦いを挑んでも、勝つことはなかなか難しい。

そこで私たちは「オーラルケア」という大市場の中で、「歯槽膿漏」で困っている人のみにターゲットを絞った「生葉(しょうよう)」という歯磨き粉を展開しています。最近では「歯周病」や「歯肉炎」という言葉のほうがメジャーですが、あえて40代以上の世代に馴染み深い「歯槽膿漏」という言葉を大きく用い、生薬由来の成分を使用していることをパッケージでも全面的にアピールしています。それは歯槽膿漏で歯が抜けるようになるのは、若い人よりも中高年以降の世代が圧倒的に多いからです。そうした世代の人たちには、オシャレなデザインよりもストレートなメッセージの方が強く訴求できます。

おかげさまで近年では、「歯槽膿漏の人向けの歯磨き」といえば「生葉」を思い浮かべる人も増え、年間約50億円ほどの売上を誇る商品に成長しました。

同様に口臭ケアのための商品にも、タブレットやガムなど多数の商品があり、大きな市場を形成していますが、そのなかで小林製薬の「ブレスケア」は「アルコールとにんにくの臭い」対策だけに特化した製品で、非常に安定した売れ行きを示しています。そのように、大きな市場の中でもニッチな「囲い」を作ることで、その中で存在感のあるトップシェア商品を作ることができるのです。

さて、そうした今までにない新商品を作るとき、グループインタビューやネットのリサーチなどを通じて「市井の人の声」を集めることが多くあります。しかし私は、そうした顔の見えない人の「こういう商品があったらほしい/ほしくない」という声よりも「自分だったら本当にその商品を買うかどうか」を大切にしています。私はよく新商品を持ってくる社員に「君は本当にその商品をほしいと思っているか」と尋ねます。担当者が確信を持って「絶対に買います」という商品は見込みがありますが、「たぶん……買うと思います」と自信がなさそうなときは、まず売れません。

私は女性向けの商品を売り出す前には、必ず妻に「こういう商品が店に並んでいたら、買うと思うか?」と尋ねるようにしています。そのように自分自身、または非常に近い関係性の人のリアルな声こそが、売れる商品かそうでないかの判断にもっとも役立つのです。あなたが開発している新商品は、コンセプトとターゲットが明確で、さらに「絶対に売れる」という信念が持てているでしょうか?発売前に、一度振り返ってみることをお勧めしたいと思います。(つづく)

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